3月3日(日)18:00~岩見沢市民会館まなみーるにおいて登山家であります、栗城史多氏の講演会があります。
内容に関しては、友人のfacebookでシェアされていた「川根順史」さんの言葉が最もわかりやすいものであろうと感じ、勝手に引用させていただきます。川根さんどうぞお許し下さい。。
(以下引用)
これまた恒例になりつつある個人備忘録的ブログです。
何やら体力的にも精神的にも大変な一週間でした(笑)
究極は吹雪につきJR車両内での軟禁状態・・。
2月18日(月)
19:00~明成中学校にて「岩見沢市PTA連合会会長・事務局長会議」を開催。
今後のスケジュール等の確認を行い、会議終了後、次年度の役員選考に向けた話し合い。何とか良き方向に進行中です。
2月19日(火)13:00~
岩見沢市市民憲章推進委員会役員会。
議題はいかにして市民憲章を多くの市民の方々に親しんでいただくか・・というところから派生した議案。
夜は士別市で行われた木村俊昭氏の講演に参加。有意義な時間を過ごさせていただきました。
公演後、講師の木村先生を交え、午前1時頃まで盛り上がる。その後、友人の事務所に泊めていただき、積もる話が盛りだくさんゆえ、気がつけば午前4時・・。(詳しくは上記リンク先へ)
2月20日(水)何とも大変な1日。
仕事の関係で札幌に行ったついでに、neco塾の岡山さん夫妻、丸山さんとの4人で一席。
今後の活動への思いを聞いていただきつつ、更なる展開に盛り上がる。
その帰り・・22時33分の滝川行き普通列車に乗ったのが事の始まり。
悪天候の中、電車は幌向ぐらいまで怪しい動きを繰り返す。そして幌向駅に停車後一向に出発する気配を見せない。周囲を見渡せば猛吹雪でホワイトアウト・・。このとき私の携帯電話はすでに完全電池切れ・・。
昨年の5月にgoogle mapのストリートビューの撮影車を目撃していたので、いつ岩見沢市内にもこの機能が追加されるか楽しみにしておりましたが、どうやらつい最近設置されたようです。
実は昨年の5月の時には会社のブログに以下のような投稿をしておりました。
↓画像は昨年5月の弊社ブログでグーグルカーを発見した時の様子
http://www.ganken.jp/hirano/2012/05/09-085930.html
ということで、もしやと思いこの場所を探してみると・・・。
2月23日(土)発行のプレス空知に私からのオークションの品が掲載されています。
これはプレス空知さんの土曜日企画の一つであります。
つい先日、プレス空知の末永記者からお電話があり、この紙上オークションの品を提供してほしいとお話をいた1だきました。
「さて何にしようか・・。」と悩んだ結果、時期的に旬なものが良いだろうと思い、過去我が家の子ども達が遊んだスノーボードにしようと思い立ちました。
この道具は、まだ息子が3歳ぐらいの時に、たまたま行った市内のスポーツ量販店で衝動買いしたもの。(本気でやろうと思ったらこれまで御世話になってきたしかるべきお店で、しかるべき道具を買うところですが、この時は見事に突発性衝動買い・・。)
そんなオモチャではありますが、息子もこれでボードに乗れるようになりました。
かといって、普段は身も心も余裕の無い身でありますので、なかなか子ども達とスキー場に行く機会もなく、我が家の子ども達は人並みに上達する環境もないままここまで来てしまっております(息子小5、娘小3)。。
ということで、、(汗)
今回のオークションは長さ88㎝のフリースタイルボード。ブーツサイズは17㎝です。構造上は大人用とまったく変わらず、小さいながらもちゃんとエッジもついたまともなものです。
足のサイズさえ合えば、入門用としてはもってこいかと思います。
詳細は↑記事をご覧下さい。。スタート価格は500円からということです。
お子さん、お孫さんにいかがでしょうか?
ちなみに、、
恐縮ですが、備忘録的ブログです。
ここ数日の出来事は、なぜか写真を取り忘れている妙・・・。
2月11日(月)
いわみざわ駅まる。役員会を開催。
18時から23時30分までかかる長丁場。
内容は将来の岩見沢の活性化に繋がる、このまちのアイデンティティの確立のために、我々はいかに持続可能な活動を獲得することができるか。
簡単には答えが見つからないことだけに、重い時間がずいぶんと流れた。
次の例会は2月28日(木)であります。
何とか地域活性化に向けた大事な一歩である、持続可能なトライを追いかけてみたいと思います。
2月12日(火)15:00~
元々の仕事の関連で、札幌を始めとする各地エクステリア業界の方々が岩見沢に集まってくれ、研鑽活動に励む。
その際、サンプラザさんに多大なるご協力をいただき、午後3時から翌日午前11時まで部屋を貸切にしてくれる。
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平成25年2月5日(火)
本日、北村中で行われる予定の「学校給食市民懇談会」が天候不良のため延期とのこと。
現在18時00分
今、まさしく出発しようとした時に自分の携帯電話の着信履歴に気がついた。
折り返したらそんな懇談会中止のご連絡でした。(しかも教育委員会と全く別の部の方から「栗沢中の時に北村にも来ると聞いていたものだから・・・。もしかしたら・・。」とご親切に。。心より感謝です。)
あらためて見てみると、何時に更新したかは確認しておりませんが、教育委員会のwebサイトはしっかり更新されておりました。他の情報としては教育委員会のtwitter(市の公式アカウントはそれをリツイート(正しい判断だと思います。))”のみ”3時間前に発信されていた様ですが、facebookページや、市内バス運行情報や通行止め情報を頻繁に流してくれる岩見沢市メールサービスも音沙汰無し。
こういう時こそ、情報発信にお金かかるわけでは無いのだから、あらゆる方法においてスピーディーに発信してくれたらありがたいと思います。
どうやら本日の中止が決まったのはお昼ぐらい?だったら、私も無理して札幌から戻ってこなかったのに・・(涙)それこそ夕方の強烈な地吹雪の中・・。というのは心ない愚痴です。
この延期情報が発信されたのが教育委員会のtwitterだけということは、現状では教育委員会と岩見沢市役所本体との連携はうまくいっていないということでしょうか・・・。(担当の方々も別の業務がある中でこういった作業がイレギュラーで入るわけですから、何かちゃんとしたキメ事をつくらないと根性論だけでは改善できないのでしょうが、そういった構造をつくるのも仕事だと思われます。)
と、極力書かないと決めている愚痴と批判は中途半端なこれぐらいにしておいて、、、
こういった市の情報発信もまだまだ初めたばかり。
(前略)柔軟に、そして失敗を恐れずに実行するということが何より大事ではないでしょうか。そして例え結果がでなかったとしても、その実行を評価できる世論でいてほしい(後略)
という思いがありますので、今後、どんどんガシガシと内部で横の連携を取っていただき、市民に対し速やかで幅広い情報発信をしてくれる事を期待します。
本当は除排雪の作業情報の発信も、中止するのではなく「やってはいけない」というモラルをもっと工夫を伴う発信をして、結果として市民相互で見守るような空気を育んでいければ良いのですが・・。このあたりは「普段、雪持って行くとこないんだから仕方ないべさ!」的な声をどう判断するか・・・、という、もう先送りは許されない議論を開始するのが先ですね。
ちょっと話が逸れました・・。
最後に、、、情報を公に発信するというのは結構怖いことであります。私の場合は個人の責任で対応すれば良いので覚悟さえ決めれば済むことですが、市の職員が仕事として情報を発信するということは、並大抵ではない気づかいを必要とするのも想像できます。やっぱりここは市民が温かい目で見守っていただくのが一番かと思います。担当の方々、、前向きなトライに関して期待すると共に、今後も応援しておりますので是非とも頑張ってください♪
1月29日(火)9時15分開場にて、日頃から頑張っておられる緑陵高校 情報コミュニケーション科の課題研究発表会が行われます。
なんと、岩見沢市民会館まなみーる 大ホールで一般公開にて開催です。
それらのテーマは2枚目の画像をクリックしていただけるとわかるかと思いますが、それぞれに課題を設定して研究してきたものであります。その開催内容については、一番下に貼り付けてあります1月23日づけのプレス空知さんの記事をクリックしてご確認ください。
また、このポスターについても全て学生さんが作っているもの。
是非、会場へ足を運んでみませんか?
《11時追記》 先ほど別件で市役所に行ったら、市役所1Fロビーのテレビでも見られるように調整中でした。
先ほど、岩見沢市役所 広報のフェイスブックページに[岩見沢市民気象情報]の提供を開始しました。と案内がありました。
リンク先をクリックすると・・・
http://www.agw.jp/iwamizawa/disaster/
北村、栗沢、幌向などのカメラもあって、出かける時などにはかなり重宝しそうです。
ありがたいことです!
これが何のシステムかというと・・
先日、宮城県の大和町に行ってきたお話をブログに載せました。
その目的は、磯田道史さん(武士の家計簿の作者として有名です)が書いた「無私の日本人」という本にのっている吉岡宿の有志9名による強烈な史実。
今から約240年前、税の負担も大きく、不況により寂れていく一方の吉岡を救うため、自らを犠牲にしながら大それた手法のもとに地域を救っていく実話です。
詳細は是非とも本を購入して読んでいただく事をお勧めします。三話が収められておりますが、そのどれもが日本人としての矜持を考えさせられ、さらに後書きに重みがあります。
その史実の空気に触れたいあまり、今回東北へ家族で行った際に立ち寄らせていただいたものです。
しかしながら、最初の手がかりとして立派な建物となっている大和町役場に行ってみたところ、案内係の方に伺ってみても国恩記のことはおろか、過去にそんな史実があったことすら知らない様子。他のカウンターの方へ聞いてくれるも、そこでもちんぷんかんぷん・・。
事前にネット上で大和町の議会議事録等をチェックしてみると、ちゃんとその史実にたいする答弁もあったり、町の広報誌で町長みずからがそのエピソードに触れたりしているものの、地元の方々は意外と知らないものであります。そこで役場では何の情報も得られずにガッカリ。(後で考えると教育委員会に行けば良かったかもしれません)
やむなく事前にネット上で調べた数少ない知識を頼りにこの吉岡の地を廻ってきました。
←これは九品寺に設置されている「国恩記顕彰碑」
また、まちの中には、、