カテゴリー別アーカイブ: 炭鉄港

令和7年度国勢調査【人口速報集計】を受けて

〈令和8年5月29日投稿〉

昨日から体調不良で、今日は午後からかなり辛い状況・・・。
今晩予定していた自衛隊募集相談員「睦会」の総会とその後の別件予定については、大変申し訳ないながら、先程、急遽欠席の連絡をさせていただいたところです。ご迷惑をおかけして申し訳ない気持ちです。

そこで、ズルズルと横になっていても気が滅入るので、ちょっと無理してPCに座り、発表になったばかりの「令和7年度国勢調査速報集計」をもとに、改めて色々と見える化してみたいと思います。

北海道全体としては、いよいよ500万人を切ってしまったそうで、この推移をグラフにすると以下のようになります。(以下のグラフは国勢調査データなので全て5年刻みの数値となります)

(↑)北海道全体としては、1995年をピークとし、徐々に人口減少が進んでいます。

では札幌市は??(↓)

(↑)札幌も2020年をピークに人口減少に転じました。


では岩見沢は??(↓)

(↑)北海道全体や札幌市と比較すると、かなり減少が加速していることがわかります。


ではここで、炭鉄港関連の15市町のデータを1枚で重ねてみます。

じっくりと見ていただければ、色々と感じるところがあると思いますが、旧産炭地は独特の人口減少ラインを描き、小樽、室蘭、岩見沢は程度の差こそあれ、徐々に、そして加速しながら人口減が進行中です。

様相が全く違うのは江別市です。
それでもしばらく右肩上がりが続いていましたが、札幌と比較すると2000年ぐらいに伸びが止まってしまった感じに見えます。そこからは横ばいに近い微減が続いている感じです。

参考までに日本全体の人口推移を見てみると・・・

公表されている国交省の長期的推移(↓)と比較すれば、いよいよここから日本全体の人口減少が加速することになります。上のグラフも、次の5年後や10年後にはっきりと減少のラインが見えてくるのかもしれません。

現在の速報値を反映した日本全体のグラフの形と比べてみれば、近郊では江別市が最も推移傾向(グラフの形)が近いのかもしれません。

それ以外の市町は、やはり日本全体よりは”かなり先”を行っていることになります。

報道でも、岩見沢市と室蘭市が2027年にも逆転するか?とも言われていますが、全体を見れば、そこに一喜一憂する要素は少ないことがわかります。

特に炭鉄港構成の15市町は、江別を除けば消滅可能性自治体へまっしぐらであり、何も抗わなければ将来は見えない状況です。しかし、それぞれの自治体が単体で抗って勝算があるかといえば、それはかなり難しい。

そこで、「150年前はほぼ人が居ない状況から、たった80年間で圧倒的なピーク人口に達し、その後65年間で一気に過疎化する」という、石炭産業に強烈依存することとなった地域の栄枯盛衰の流れを、世界でも例のない類まれな事例として【面の魅力】に昇華させることが大事だと思っています。

幸いなことに、小樽市の2025年度の観光客数が5年連続増加。宿泊客は初めて100万人を突破したとのことで、そのうちの数%でも空知エリアに来てくれれば、十分にホテル投資や付随する地域内経済循環、雇用増などの期待を描けるわけです。

その枠組みこそが現在取り組んでいる【日本遺産 本邦国策を北海道に観よ!~北の産業革命「炭鉄港」~】なわけです。

私は大いに可能性を感じていますが、その実現のためには、それぞれの市町が「イマダケカネダケジブンダケ」とならず、お互いに連携し尊重し合う「互恵性の仕組み」が必要だと思っています。

そのためには、まずはそれぞれの点の価値を高める努力が必要です。

その取組の一つが昨年から初めた炭鉄港3-DAYS Weekenderです。

こちらも昨日、2026年度の開催日程が発表されました。

今、新しい地域連携の形を実現すべく、色々と準備中です!

ぜひ急激な人口減少に伴う様々な荒波に抗って行きたいと思っています。


※今回も数値の収集からグラフ作成まで、完全にAIに丸投げしての作成なので、もしかしたら怪しいところがあるかもしれません。何か発見したらこっそり教えてください。

近隣の人口推移から見えるもの

〈令和8年5月25日投稿〉

5月27日(水)は東京からの高校修学旅行生を対象に約2時間半の講演+ミニフィールドワーク。6月4日(木)は札幌のちえりあ学習ボランティア2026年春・夏期講座で2時間の講演。6月6日(土)は歌志内市の(一社)ウタピリカさんで炭鉄港ガイド要請講座にて同じく2時間の講演。

などと、ありがたいことに講演準備が迫っています。それぞれ時間や伝えたい細かなテーマが違うので、現在、少しずつパワーポイントの手直しに追われているところです。

なぜか、そのようなときにブログを更新してしまう悪い癖があるのですが、今回は最新データをグラフ化する中でいろいろと比較ができそうなものを作ったので、せっかくなのでご紹介します。

(上グラフ)これは空知において、炭鉱の存在が大きかった6市(夕張、三笠、美唄、赤平、芦別、歌志内)と上砂川町の7市1町と、岩見沢市を比較した人口推移です。


例えば、最も減少率の大きいのが夕張市(下グラフ)で、現在はピーク人口の95.1%の減少となり、当時の4.9%しか人口がいないという衝撃的な事実があります。

しかしこれは夕張市だけではなく、歌志内市や上砂川町もほぼ同様の傾向です。

美唄市の場合は昭和40年代にいち早く主要炭鉱が閉山し、産炭地には珍しく平地が多く存在するために農業が盛んだったこと、また企業誘致も早かったことなどで、他の産炭地と比べると減り方は幾分少ない(約8割減)状況です。

そのような中で、岩見沢市は周辺産炭地から離れる方が移住される「人口のダム機能」があったといわれ、その減り方はぐっと緩やかになっていました。これが「岩見沢はほかの地域に比べれば、疲弊度は格段に少ない」と言われてきた根拠になります。

※1960年人口は 旧岩見沢市 64,443人、旧北村 8,652人、旧栗沢町 27,809人 で計上しています。ただし、厳密に言うとこの3数値は調査種別・時点が完全には同一ではなく、旧岩見沢市と旧栗沢町は住民登録人口、旧北村は国勢調査による常住人口となります。よって、「同一基準の国勢調査人口」ではなく、現在市域相当で合算した参考値として捉えて下さい。

しかし改めて前述の比較グラフをじっくりと見てみると(下図再掲)・・・

旧産炭地はすでに人口減少がかなり進行したため、これより先の度合いは安定していく傾向になると思われるものの(少子高齢化の進行は深刻ですが)、グレーで描かれた折れ線の岩見沢市は、2000年前後から急激に人口減少が進み、まさに現在進行系であることが見られます。

これは日本全体の構造と同様ではありますが、いよいよ行政運営もこれまでとは異なるフェーズとなり、行政だけではなく、市民一人ひとりが「あらゆることが今まで通りではなくなる」ということを認識しなければならないと思うのです。



さて、参考までに、北海道で一極集中の進む札幌市も人口減少フェーズに入りました。先日の報道では横浜も今回の国勢調査において、78年ぶりに人口減少となったそうで・・・

私たちの空知(特に旧産炭地)の強みは、これからの日本の地域課題をすでに先取りしていること。経済学者のドラッカーの言葉を借りれば「すでに起こった未来」がこの地域の武器でもあります。

日本遺産「炭鉄港」とは、その概念を各地で連携することによってプラスに昇華させるものです。どこまでできるかはまだ朧気にしか見えていませんが、様々にトライしていきたいと思っています。



【余談】

今回、改めてすごい時代になったと感じたのは、これらのグラフは全て生成AIで作成しています。

自治体によっては、公式ホームページに近年の統計データしか載っていないところも多く、そのため、総務省のサイトからいくつにもタブが分かれたエクセルデータを横断的に抽出したりしなくてはならないのですが、今回はその作業において、chatGPTもGeminiもいまひとつ役に立たず、Cloud codeでやってみたら一発で抽出できました。

そのデータをchatGPTに張り付け(cloudが無料版なので利用回数に限りがあり)て、いろいろと注文を付けると簡単にこのようなグラフになります。細かなところをチェックしたら、そこはAIなので誤っている個所もあるかもしれませんが、パッと見た限りでは問題なさそうです。


おまけで東京都も貼っておきます。

岩見沢市絵画ホール・松島正幸記念館で”みねのまのおしごと展”を見学

〈令和8年5月18日投稿(遡り投稿)〉

たまたま、同じ5月31日(日)まで開催中の、炭鉱と炭鉱まちの絵葉書展の中に、昭和一桁台と思われる岩見沢市絵画ホール・松島正幸記念館(当時は岩見沢警察署庁舎)の画像がありました。

現在は、、、

という感じですが、内部は階段のつくりや各所の意匠に、当時の建築のこだわりが見られます。


さて本題。

今回の「みねのまのおしごと展」ですが、デザイナーの真野さんは、岩見沢駅を中心としたまちづくり団体「いわみざわ駅まる。」などでもお世話になっていて、私の選挙ポスターなども真野さんの手によるものです。

そんな縁がありましたので、先日、議会会派の会議後に見学してきました。

当時はまだまだ駆け出し感があったのですが、現在はすっかり実力派デザイナーとして一定の地位を築いていると感じるとともに、その活躍の場も大きく広がっていることと思います。
https://mineno.net/index.html

会期は5月31日(日)までとなりますので、ぜひ元岩見沢警察署の建築意匠等も楽しみながら見学いただければと思います。松島正幸氏の作品ももちろん、1階も2階も見どころが沢山です。

可能であれば、その足で「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」の石蔵展もご覧いただければ、活況にあふれる当時の炭鉱まちと共に、昭和初期の岩見沢の様子が残された絵葉書も見ることができます。(こちらも5月31日(日)までです。

樺戸道路(峰延道路)はご存知ですか?

〈令和8年5月13日投稿〉

現在の道道275号線、月形町と美唄市峰延を結ぶ「道道月形峰延線」です。

ちなみに西側が岩見沢市、東側は美唄市になります。

ここは明治14年に設置された月形の樺戸集治監と、翌年に設置された三笠の空知集治監とを結ぶ最短ルートです。当時、何か有事の際は、月形から石狩川を下り、幌向から陸路で三笠を目指すルートであったため、非常に時間がかかります。

そこで誰も踏み込まない湿地帯を貫く直線道路(厳密には泥炭の湿地帯を極力避けるため、1箇所折れ点があります)を開削したものです。


ここはその手法が強烈です。

測量は囚人が膝まで水に浸かり、測量する看守の船を押し、月形の円山と三笠の達布山で狼煙をあげ、その狼煙を目印に伐採と杭を打つところから始まります。

吉村昭の小説「赤い人」のシーンをAIで再現すると以下のような測量シーンになります。(あくまでAIによる想像図につき、色々とご容赦ください。)

砂利を敷き詰めたところでずぶずぶと沈下してしまう泥炭の湿地帯に道路をつくために、冬の間に切り出した丸太を凍った石狩川で対岸に渡し、それを筏のように敷き詰めて、その上に砂利を敷き詰めてできた道路です。

(下図、同じく生成AIによる作画)
※鎖の位置も腰に巻きたいのですが、何度やっても、どのような指示をしても何故か左右の足を結んでしまったりと、まだまだ上手く使いこなせてませんが、一昔前ではこんなものを作るのは自分には不可能だったことを考えると、これまた凄い時代になってきました。

実は今年の炭鉄港3-DAYS Weekender 2026では、月形町、三笠市、美唄市、岩見沢市の3市1町で協力し、この樺戸道路に焦点を当てるプロジェクトを準備中です。つい先日も各地の学芸員さんや担当職員の方にお集まりをいただき、秋の開催にむけ様々に方向性を協議したところです。

できればこの丸太がまだ埋まっているかどうかの調査も視野にいれていきたいのですが、道との協議の過程ではまだまだその実現は難しそうです。でも、この丸太が見つかったらまさに文化財としての価値は非常に高いものと思いますし、道路脇に説明看板とフォトジェニックな表示を設置できれば、地域の歴史を見直す大きなきっかけにもなるような気がしています。

これからの時代は、例えば岩見沢市単体で何かを実行しても、その効果は限定的なことがほとんどです。だからこそこの様な他地域との連携をwin-winの相乗効果とし、点ではなく線や面としての価値を高めることが交流人口や関係人口の創出に不可欠であると考えています。

ここは誰かに提案したところで”箸にも棒にもかからない”と認識しているので、私自身が関係者と協力しながらプレイヤーとして汗を流す覚悟です。


これは月形側で狼煙を挙げた円山の展望台からの風景です。遠くに樺戸道路が見えます。


明治の北海道に送られた囚人の中には、西南戦争などの士族反乱に関わった人々だけでなく、国会開設や自由な政治参加を求めた自由民権運動の関係者も含まれていました。彼らは、当時の政府から見れば秩序を乱す「国事犯」でしたが、別の見方をすれば、新しい日本のあり方をめぐって政府と対立した人々でもありました。

江戸時代から明治期へと、急激に時代が変化する中、国や環境を憂い、正しいことと信じた行動の結果、命を命と思わぬ人権無視の環境の中で、農地整備や道路開削などの北海道開拓の礎を担った人々の汗と涙の結果が今の私たちに繋がっています。

だからこそ、先日の報道でもあったとおり、その囚人たちの墓石を倒すなどの暴挙は、歴史を知らぬ浅はかな者たちの許せない行為なのです。今、私たちの価値観の中に、「歴史を知り、先人に感謝できる知識」が圧倒的に不足しているのだと思っています。

篠津山霊園において、樺戸集治監の囚人墓地にある墓石58基が何者かになぎ倒される器物損壊事件が発生

今年の秋に開催予定の炭鉄港3-DAYS Weekender 2026では、ぜひこの道路にスポットを当て、私たちの地域の歴史を見直し、その価値を共有する機会にしたいと思っています。

ドイツルール地方からの訪問団

〈令和8年4月21日投稿(遡り投稿)〉

■4月15日(水)に旧北海道庁赤レンガにて、ドイツルール地域連合議員団が来日したことに伴う、日独友好北海道議会議員懇話会との交流会がありました。私は北海道「炭鉄港」市町村議員連盟の相談役という立場で参加させていただいた次第です。

ドイツのルール地方は、北海道の空知地方と良く似ていて、炭鉱の活況で栄華を誇り、エネルギー革命によって急激な衰退を経て、その後、見事なV字回復を果たしています。

※2019年に私がドイツに行ったときの投稿もぜひご覧ください。
https://hiranoyoshifumi.jp/2019/08/24/11574

今回は北海道議会議員である植村真美さん(NPO法人炭鉱の記憶推進事業団副理事長、元北海道「炭鉄港」市町村議員連盟初代会長)の尽力により、北海道議会の中に「日独友好北海道議会議員懇話会」が立ち上げられ、この度の交流となりました。


■4月18日(土)

水曜日は札幌での開催でしたが、この日はドイツ訪問団が朝から空知を巡る日程で、夕張や三笠の後に岩見沢にある「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」の石蔵にて、研修や意見交換、そして懇親会が開催されました。

私はNPOの取り組みとして、空知の現状や日本遺産「炭鉄港」の可能性や目指すところをお話させていただきました。その際、同時通訳があるわけですが、せっかくなので生成AIの力を借りて、プレゼン資料にワンポイント的にドイツ語を記載することで、より理解が深まるようにしてみました。

これは大当たりで、ドイツの方々にも非常に好評で、とても良い意見交換もできました。

「ドイツでも炭鉱は負の遺産と呼ばれ、様々な取り組みと苦労の上に今がある」
「地域にとって、あなたたちの様なキチガイがとても大事なんだ!」

などなど、ありがたい言葉をいただきました。

心配していたドイツ語の翻訳精度は、全く問題ないとのこと。

生成AIは非常に役にたち、もう日頃の仕事から手放すことができません。

もう少し時間が経過すれば、スマートグラスなどが当たり前になり、勝手に同時通訳もしてくれる時代となり、益々世界が近くなると確信しています。

ただそのときに日本の国力がどんどん低下し、円安が進行することで、海外客の受け入れは活発になったとしても、我々が海外にいける機会がどんどん失われるような気がして心配です。

実際に私も2019年のドイツ視察の時点から、随分と知識量が変化してきた中で、今、あらためて行けたら更に見えてくるものが違うのだろうと思っても、現在では、飛行機チケットもドイツでの滞在費も、あまりの高額にとてもじゃないけれど、もう一度行ける自信がありません。


下の集合写真は最後の交流会の後のシーンです。

私が三脚でシャッターを押したので、変な格好になってしまっているのは御愛嬌ということで・・・

いずれにせよ、明治初頭の政府が一丸となって海外の仕組みを取り入れたように、私たちもあらためて海外に学ばなくてはならないフェーズが来ていると感じています。人口減少と高齢化においては、世界のトップランナーである日本ですが、その解決策はどこにあるのか・・・。

なかなかその最適解は見えませんが、探すこと、考えることをやめてはいけないと思っています。

日本遺産フェスティバルin倉敷へ参加してきました

《令和7年10月30日投稿》

10月25日(土)、26日(日)の2日間

日本遺産フェスティバルin倉敷

に参加してきましたので、少し報告をしたいと思います。

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日本遺産フェスティバル参加に関する通常の目的としては、ブースを出展し、炭鉄港を全国にPRすることが主体ですが、今回は第3シンポジウムの「シリアル型日本遺産のあり方~広域連携が生む日本遺産の魅力」にお招きをいただき、パネリストとして参加させていただく機会もいただきました。

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これは前理事長の吉岡宏高さんが確立した炭鉄港の枠組みの質の高さ、そして初期の炭鉱の記憶事業等から関わっていただいた関係各位の努力の賜物であり、その延長線上に、今、私がこのようにPRする機会をいただけていることに改めて感謝と敬意を表す次第です。


まずは少し順を追って紹介します。

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会場となったのは、倉敷市のアイビースクエア。

多くのレンガ工場郡が立ち並ぶ、クラボウの工場跡地です。

隣接して倉敷市の美観地区があるため、海外からの観光客も非常に多く、週末はものすごい人口密度を感じた環境です。

会場の中では沢山の日本遺産ブースが並び、炭鉄港推進協議会も物販のみならず、石炭の重さ当てクイズやSNSフォローキャンペーン等を精力的に実施。

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2日間にわたり、常時来場者が途切れない多忙な時間が続き、炭鉄港の認知を高めることができたかと思います。


1日目の終わりには総会がありました。

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次回開催地は古墳が数多く残る宮崎県となります。

ここで日本遺産推進議員連盟を設立された赤池まさあき前参議院議員と名刺交換をさせていただく機会に恵まれ際、大変光栄なことがありました。

実は「北海道の炭鉄港の平野と申します。」と名刺を差し出した際、赤池先生から「あんたが平野さんか!」とおっしゃっていただき、何のことだろうと思ったら、昨年12月に開催した炭鉄港フォーラムに祝電を寄せていただいた際に、私のホームページなども見ていてくださり、「地方議員で良く頑張っているのがいるので、一度連絡しようと思ってたんだ」という身に余るお言葉でした。

【炭鉄港フォーラム】
https://hiranoyoshifumi.jp/2024/12/16

その後、非常に重たい宿題もいただきましたが、すぐにはできなくとも、何とか尽力していきたいと考えています。

次は懇親会へ。

この懇親会については首長級を対象としていたものらしく、私のテーブルには来賓の赤池先生や公益社団法人日本観光振興協会総合研究所顧問の丁野先生の他、近隣の市長、町長さんがずらりと・・・。これは間違った・・・と思わざるを得ない非常に身の丈に合わない特殊な経験をさせていただきました。

そんなことであっという間に1日目が過ぎていきます。


二日目もブースは大盛況でありますが、この日はメインのシンポジウムが開催されます。

朝から第1シンポジウム「酒~風土が醸す物語を活かす~」、第2シンポジウム「古墳~遺跡が示す古代日本の姿を今に活かす~」と続き、第3シンポジウムに「シリアル型日本遺産のあり方~広域連携が生む日本遺産の魅力~」となります。

第3シンポジウムでは

■No.35 鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴 ~日本近代化の躍動を体感できるまち~

■No.39 荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 ~気前船寄港地・船主集落~

■No.68 本邦国策を北海道に観よ!~北の産業革命「炭鉄港」~

の3地域でパネリストとして参加。

そして、コーディネーターは 海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群〜御食国(みけつくに)若狭と鯖街道〜を擁する小浜市の嶋田主査となります。

我々の炭鉄港としては、先日開催した炭鉄港3-DAYS Weekender 2025の取り組みを中心に地域連携のお話を展開させていただきました。

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各地で先進的に取り組まれている皆様のお話も聞かせていただき、大いに刺激をいただきました。

我々としても、現在取り組んでいる地域連携の手法はもちろんのこと、炭鉄港の魅力や価値についても理解していただけたのではないかと手応えを感じています。

※ただ、一地域単位としては非常にタイトな時間配分だったので、なかなか意を尽くすことはできませんでしたが、楽しい時間となりました。下画像は登壇の4名にて。

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最後の総括は、今回も様々にお世話になった公益社団法人日本観光振興協会総合研究所顧問の丁野朗先生(下画像左)。

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終了後には会場の皆様からも種々ご縁をいただき貴重な場となりました。

改めてお招きいただいた関係各位に感謝申し上げます。


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倉敷は北海道の寒さとは全く違いとても過ごしやすい気候と景観で素晴らしいまちでした。

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2日間を通し、全日程が終了した夕暮れ時に、レモンピール入のビールを外のベンチで飲めるほどの気候!なんとも羨ましい環境!!

取り急ぎ、簡単ではありますが、日本遺産フェスティバルin倉敷の報告まで!


本投稿はこちらの「炭鉱の記憶だより」に投稿したものを修正して投稿しています。

https://yamasoratan.blog.fc2.com/blog-entry-3601.html

炭鉄港3-DAYS Weekender 2025の開催について(特に岩見沢市内開催イベントの紹介)

〈令和7年9月17日投稿〉

昨年の12月に炭鉄港日本遺産継続に向けたフォーラム(日本遺産は認定から6年目で再認定かどうか文化庁の厳しい審査があります)でプレゼンさせていただいたことの一つが、各地に点在する価値を面に転換する取り組みを進めるコト。その中で浮かんだのが年に1度、特別な3日間を作ること。

春から準備を進めてきて、いよいよその開催が間近に迫ってきました。

炭鉄港を構成する15市町のうち、参加可能なところだけで、まずはそれぞれができる範囲で小さく始めましょうというコンセプトでしたが、準備が深まってくると13市町の参加で非常に賑やかなプログラムとなりました。

詳しくはこちらのサイトも御覧ください!
https://3city.net/post/18436/



そしてここからは岩見沢市議会議員として、岩見沢のことだけを紹介させてもらいます。

大きく4つのイベントを開催します。

1)岩見沢操車場跡地見学会

岩見沢は石炭を運ぶ鉄道の拠点として発展してきましたが、その象徴とも言えるのが東北以北最大と言われた大操車場で、当時は下図のような広大なエリアで24時間貨物車の入れ替えが行われていました。*場所は大和タウンプラザの裏手全域になります。

現在は広大な草地になっていますが、その中に下のような立派な櫓を立て、過去の画像等を見比べながら、そして実際に働いていた鉄道OBの方々から話を聞かせてもらうという企画です。

続きを読む

日本遺産「炭鉄港」その後

〈令和7年8月21日投稿〉

日本遺産は現在104地域が認定されています。

国の方針として、これ以上増やすことは想定していないため、丸5年が経過すると再認定に向けた審査があり、そこで評価が至らなければ、しかるべき機会に認定が剥奪となり、代わりにウエイティングしていた地域が認定されることになります。

炭鉄港は今年がその審査の年であったため、炭鉄港推進協議会事務局が中心となって作成した各種書類提出の後、5月には文化庁より審査員が訪れる現地審査がありました。私は貴重なこ゚縁の中でその審査にも同行する機会をいただき、非常に緊張感のある空気を味わうことができました。

その懸念していた結果が7月末に公表されたのですが、炭鉄港は無事に「継続認定」となり、それだけでなく他の日本遺産のモデルになりうるものとして、全国12しか選定されていない「重点支援地域」という身に余る評価をいただきました。

あらためて、これまで様々な活動にご尽力された方々に敬意と感謝を申し上げる所存です。

これまではコロナ禍もあり、各地でそれぞれに魅力の深化を進めてきたものの、いよいよ面としての連携を図るべく、今年の10月には炭鉄港3-DAYS Weekenderという催しを行います。これはなかなか各地をめぐる仕組みが作れなかった中で、点を面にするための起爆剤的な位置づけで、最初は小さく、そして徐々に大きく育てていきたいと思っているところです。


さて、その様な取り組みもありますが、やはりより盛り上がっていくためには、政治の力も必要と考えています。実は【北海道「炭鉄港」市町村議員連盟】という組織があり、これは日本遺産認定前に、何とか日本遺産認定を実現したいという思いで、そのバックアップのために2017年に植村真美氏(現北海道議会議員)と共に立ち上げたものです。

現在は当初の目的を達成し、今後の取り組み強化にむけ、まずは議員レベルが知り学びを深めていくことを目指して活動が継続されています(私は会長職を南川室蘭市議会議員に委ね、現在は相談役)。

その議連の研修会が昨日、小樽で実施されました。

各地の議員が集まり、それぞれの地域の現状や魅力、課題などに触れ知見を深める貴重な場となりました。

この炭鉄港は、まさに「今すぐには役に立たないかもしれませんが、いずれ必ず役に立つ」という言葉に即した、これからの時代に最も重要と思われる取り組みの一つです。

なぜならこのまま進めば、私達の地域は消滅可能性都市ばかりなのです。

よって他とは違う「共通の地域に存在する歴史文化」を活かし、良質な「ヒト・モノ・カネ」がめぐる地域にするために不可欠な要素であると確信しています。

よって、まだまだこれからが本番です。

多くの方々と力を合わせ、しっかりと実現に向けて取り組んでいきます。

*消滅可能性都市についてはこちらもお読みください

JR北海道苗穂工場移転誘致について【令和7年第2回定例会一般質問(要約)】

〈令和7年8月17日投稿〉

一般質問_JR北海道苗穂工場移転誘致について

これはJR北海道の「中期経営計画2026」において、苗穂工場敷地の活用について明記されていることから、岩見沢市として行動を起こすべきという視点での質問となります。

令和7年第2回定例会において実施した一般質問のYouTube動画を、生成AIであるGoogleの【NotebookLM】に読み込ませ、質問と答弁を要約したものを転載いたします。


4.JR北海道苗穂工場移転誘致について

(1)JR北海道グループ中期経営計画2026等による移転検討の情報を受け、岩見沢誘致の考え方について

【平野質問】

JR北海道の「中期経営計画2026」で苗穂工場の全面移転または現地リニューアルが検討され、跡地活用が明記されていることを確認。

・札幌市の再開発機運が高まれば、広大な苗穂工場跡地の開発が経済的利益をもたらし、移転の可能性が現実味を帯びるとの認識。

移転が具体化した場合、岩見沢市の旧総車両場跡地がまとまった土地と利便性を考慮すると、極めて有力な候補地になりうると提案。岩見沢が「鉄道の町」である歴史的背景も強調した。

・苗穂工場移転が実現すれば、多くの従業員や関連会社職員、家族を含め岩見沢市に大きなプラスの影響があることを強調。

・現状で移転誘致の可能性を探るためJR北海道と意見交換や協議を行っているか質問。

・今後、再開発の機運が高まった場合に機を逃さず対応できるよう、市として主体的な情報収集や構想の検討を行う必要があるか、市長の見解を問うた

*再質問では、レバンガ北海道のアリーナ計画が苗穂駅周辺も候補地とされている報道に触れ、移転の機運が熟す可能性が高いとし、改めて市として「本腰を入れて」取り組む必要性について市長の見解を求めた。


【市長答弁】

①現状でJR北海道との意見交換や協議を行っているか

・JR北海道の「中期経営計画2026」で苗穂工場のリニューアルに伴う開発が事業構想として位置づけられていることを認識している。

・新工場の建設は現在地での建て替えのほか、JR沿線の適地への移転も想定されており、岩見沢駅とその周辺も有力な候補地になりうると考えている。

・市としても、昨年の計画公表を受け、市の担当者がJR北海道を訪問し、中期経営計画の詳細や、土地の選定に関する情報収集を行っている。

・JR北海道は2027年度以降に具体化する構想としており、現時点では特段の情報はないが、今後もコンタクトを継続していく。

②主体的な情報収集と構想の検討が必要をどう考えるか

・市長就任直後から、札幌の土地計画上、苗穂工場エリアが問題になる可能性があるとして、JR北海道と情報交換を行ってきた。

・昨年、中期経営計画で一定の見通しが出たことを受け、これまでの協議内容も踏まえ、職員に改めて情報収集に当たらせている。

今後も一定の時期が来ればJR北海道社内での合意形成などもあろうかと思うが、それに踏まえてしっかりと取り組んでいく。


公式な議事録は現時点でまだ未公開のため、YouTube配信のURLを生成AIの「NotebookLM」に読み込ませて要約したものとなります。多少ニュアンスの異なる点などがあるかもしれませんことをご了承ください。

*この質問に関しては、6月24日付けの北海道建設新聞で比較的大きく取り上げていただきました。

5月末からしばらく怒涛の日々を過ごしています。

〈令和7年6月12日投稿〉

今年は例年より講演や授業協力の機会が多く、直近では、5月28日に関東の某高校修学旅行の受け入れに伴い岩見沢市内で2.5時間の講演(これは結構大変!)と30分のフィールドワークを対応。


5月30日は秩父別町にて空知町村監委協の研修会にて講演の機会をいただきました。


6月5日は夕張高校の授業&博物館ガイド

*夕張高校のInstagramより拝借


昨日11日は市内中央小学校の授業で岩見沢駅周辺フィールドワーク。


昨日の12日は美唄ロータリークラブ様の卓話にお招きいただきました。


今月の28日は下記画像の様に、美唄市郷土史料館にて講演をさせていただくこととなります。(もしご参加をご検討の方は、美唄市郷土史料館へ事前申し込みをお願いします)


美唄が終わると、30日の夜は小樽市でガイド向けのフォーラムへ。(こちらは小樽市のガイドさんを対象としているので、一般の方は参加できないようです)


さらに7月は市内小学校授業や某町団体の講座受け入れ、更には国の機関の職員様向けにお話の機会等々があり、27日(日)には、ありがたいことに歌志内市でも講演の機会をいただいています。

毎回、対象も講演時間(30分から2時間半まで)もテーマも違うため、準備に追われて大変ではありますが、やればやるほど自身の引き出しが増える実感があるのも事実。今は未熟な自分の能力を上げるためにも、無理してでも努力をすべき時期と覚悟を決めています。

そしてここしばらくは、これらと並行してメインの仕事である議会の所管事務調査の質問や、来週から始まる6月議会の一般質問(今回の読み原稿は過去一番の8,000字超)を作成し、まさに息つく暇もなく時間に追われております。

どちらも地域の未来のためになることと信じて努力していきます。

とはいえ、まずここ数日は16日(月)から始まる議会に全集中です。