カテゴリー別アーカイブ: 炭鉄港

令和8年度 北海道「炭鉄港」市町村議員連盟研修・総会

〈令和8年10月18日投稿〉

この度、16日(土)に三笠市において研修と総会。翌日17日(日)に月形樺戸博物館にて研修が開催されました。

土曜日の三笠は「三笠市立博物館の屋外エリア」→「奔別炭鉱後」→「新幌内炭鉱坑口」などを、地元の青木議員のガイドで巡り、その後、総会と懇親会という流れになりました。

(画像は三笠市立博物館の屋外エリアにある旧北炭幾春別炭鉱の錦立坑で、北海道内に現存する最古の立坑櫓です)

この北海道「炭鉄港」市町村議員連盟は、現在関連各地から104名が加盟しています。もともとは日本遺産の認定に向けた後押しをするのが目的でしたが、日本遺産認定がなされてからは、それぞれの知見を深め、今後の展開にコミットしていくことが主目的となります。

私は2代目会長(現在は4代目として赤平市議会の竹村議員が尽力中)ですが、ただ今の立場は、炭鉄港にもっとも関わっていることもあり、相談役として議連の活動に関わっています。


翌日は月形町にて、つい先日も炭鉄港3-DAYS Weekender 2026でスポットを当てた樺戸道路と関連の深い、月形樺戸博物館へ。

ボランティアのガイドさんの案内もいただき、90分間じっくりと勉強させてもらいました。
(実は先日、一人でじっくり2時間見学してきましたが、幕末から明治維新の動きとの関連と、現存する資料群など、この博物館は本当に貴重だと思っています。)

炭鉄港と集治監、囚人にどんな関連が?という疑問もあるかもしれませんが、北海道最初の近代炭鉱である幌内炭鉱が開かれたのが明治12年、その周辺のインフラ整備に尽力したのが明治14年に開庁した「樺戸集治監」、そして幌内炭鉱で直接採炭に従事したのが、明治15年に開庁した「空知集治監」となり、それぞれ、農地、治水、道路等々を含め、明治初期の北海道開拓と産業革命になくてはならい功績をもたらしてくれています。

そのあたりは、ぜひ、こちらの動画を第1話からご覧頂ければ、この地域の歴史の礎として、重要な存在だったことがわかっていただけると思います。

この動画は、岩見沢市、月形町、三笠市、美唄市の4市町で連携し、地域の歴史を掘り起こすプロセス等も紹介しています。


いずれにせよ、炭鉄港は日本遺産になったから地域になにかをもたらしてくれるわけではなく、それぞれの市町の「点」としての魅力を高めることで、初めて炭鉄港地域全体の価値向上に繋がるのであり、そのためには各市町がプレイヤーを育て持続可能な魅力の向上に務めること、さらにはそれぞれの市町で抱え込むことなく、互恵性の関係を高めていくことが必要です。

ただ、そういうのは行政は苦手な分野だと感じています。

だからこそ、議員の動きが必要になってくると信じていますし、その一歩がこの議員連盟から広がっていくことを期待しています。

炭鉄港3-DAYS Weekender 2026って何?

〈令和8年10月2日投稿〉

いよいよ10月10日(土)~12日(月・祝)にかけて開催する《炭鉄港3-DAYS Weekeder 2026》の開催が迫ってきました。

昨年から始めたこの企画は、令和6年12月に開催した炭鉄港日本遺産5周年記念フォーラムの講演内容を検討しているときに閃いたもので、その講演内で発表したことがきっかけになります。

このときは自分でも半信半疑の投げかけでしたが、初となる2025年は関連14市町で一斉開催。そして2年目となる今年は18市町で連携して開催することとなりました。

ぜひスケジュールを見てみて下さい。
https://3city.net/3days_2026/

そして、今回の目玉の一つとして、2月から準備を重ねているのが、岩見沢市、月形町、三笠市、美唄市の4市町が関連する「樺戸道路」で、現在の道道275号線、月形峰延線の歴史に焦点を当てる取り組みです。

なぜ道路?

という疑問を抱くかもしれませんが、北海道開拓期に欠かせない歴史である、囚人労働によって、過酷な泥炭湿地帯を貫く直線道路を開鑿したストーリーであり、その後のわたしたちの生活の礎になるものだからです。

その紹介は、現在YouTubeにて連載投稿していますので、ぜひご覧いただければ幸いです。

3-DAYSの3日間では、4市町の各施設での特別パネル展示や、樺戸道路の唯一の「折れ点」においては、泥炭の展示や最終日には狼煙の実証なども行います。

この様な市町の垣根を超えた連動は、なかなか実現が難しいのですが、今回はそれぞれ前向きな皆さんの力が合わさり、非常に期待の持てる状況となっています。

ただ、これらの活動は、すぐに良好な結果が現れるものではないと思っています。

むしろ時間をかけてジワジワと進めていくことが重要で、小さなことをコツコツと積み上げていくことが、それぞれの地域の価値向上に繋がるものと信じています。

なにせ、少子高齢化や人口減少など、これまで誰も経験したことのない時代に突入して久しいわけですが、だからこそ、各市町単体で別々ことで努力するのではなく、関連する地域で連携してより大きなモノゴトを育てていくことが大事だと確信しています。そしてわたしたちの地域においては、この炭鉄港がその役割として、地域の歴史の延長線上に未来を描ける正当なものと考えています。

この3日間、岩見沢市内においては、朝日炭鉱の坑口見学や朝日駅舎の解放。そしてそれぞれにガイドがついて理解が深まる取り組みも実施します。

さらには「そらちオーラムフェスティバル」に合わせて、駅周辺「炭鉄港」ショートガイドツアーや、ステージイベントも実施します。

また、岩見沢SL保存会による定期清掃、赤電保存会による赤電鉄道マルシェ2026などなど、関連するイベントも沢山です。ぜひ公式サイトもご覧ください。


また、今週の日曜日には、これらに付随するプレイベントも開催します。

岩見沢のすぐとなりにある美唄市峰延にスポットを当てる取り組みで、私のガイドでぷらぷらとまち歩きをする企画です。なかなか私自身も知らなかったことですが、峰延には北海道開拓以降の近代化の縮図といえる歩みがあります。ぜひ、この様な目線で地域をみていただくと、また違った可能性が見えてくると思います。

もし興味ありましたら是非ご参加ください。

https://yamasoratan.blog.fc2.com/blog-entry-3664.html

岩見沢駅発 - 鉄道のまちいわみざわの歴史を巡る!~岩見沢レールセンター見学から元町、そして幌内線の痕跡を求めて~

〈令和8年8月21日投稿〉

毎年恒例となっている、JRヘルシーウォーキングとの連動企画です。

今年もガイドをさせていただきます。

毎年、少しずつルートや見どころを変えてはいますが、今年は少し歩く距離を伸ばして(全工程で約3.5km程度)、ちょっとレアなものをお見せしたいと思っています。ぜひ足腰のコンディションを整えてご参加いただければ幸いです。


毎年、本州からの参加者もおり、昨年は京都から日帰りできてくれた方も!

岩見沢に住んでいると、なかなかこの様な地元の歴史文化に触れる機会は少ないかもしれません。

でも、凄い貴重な歴史が沢山存在しています。

特に岩見沢の歴史を紐解けば、鉄道とともに歩んだ年月において、岩見沢ならではの価値を刻んでくれています。

知らなければ「何もないまち」と言ってしまいがちですが、少し紐解いて行けばその価値に気づけることと思います。

そういう方が少数では地域はなかなか変われませんが、多くの方々が気づき始めれば、そこに新たな価値が生まれ、新しい経済循環も起こると信じています。

新しいまちづくりを考える時に、地域の歴史を踏まえなければ、どのまちでも出来ることをやってしまう。それはより新しいもの、より質の高いものができた時点で、もう価値は失われてしまいます。

これまでの日本はそんなことを繰り返してきたと感じています。

しかし、自分たちの地域の歴史的歩みの延長線上に次を描けば、それはその地域でしかできないこととなり、他では真似のできないことが可能になります。さらに、岩見沢単体で考えるより、もう少し広域な視点を持てば、日本全国、世界各国から人が訪れるような魅了をつくれる可能性を秘めています。

まずは自分たちの地域の足下を知ることから、始める必要があると思っています。

【日本遺産「炭鉄港」×地域資源を活かすブランド戦略フォーラム】の開催について

〈令和8年6月23日投稿〉

■日本遺産「炭鉄港」×地域づくり■
(以下、空知総合振興局さんの記事より抜粋)

7月17日(金)13:30~16:00 岩見沢市民会館(まなみーる)で 【日本遺産「炭鉄港」×地域資源を活かすブランド戦略フォーラム】が開催されます。 地域で活動する方々や事業者、 地域づくりに関心のある地域住民の皆様にとって 地域の魅力を未来へ繋げるヒントや、 新たな可能性を見つける機会として、ぜひお気軽にご参加ください!

詳細はこちら https://3city.net/post/19758/


第1部の講演は、炭鉄港の「今あるもので、今はないコトをつくる」という概念にピッタリの久保健治氏です。これはまちづくりのみならず、ビジネスにも十二分にヒントになるお話になると思います。

第2部のパネルディスカッションにおいては、大変力不足ではありますが、私がファシリテーター兼パネリストで登壇させていただきます。

講演、交流会ともに、どうぞお気軽にご参加ください。

令和7年度国勢調査【人口速報集計】を受けて

〈令和8年5月29日投稿〉

昨日から体調不良で、今日は午後からかなり辛い状況・・・。
今晩予定していた自衛隊募集相談員「睦会」の総会とその後の別件予定については、大変申し訳ないながら、先程、急遽欠席の連絡をさせていただいたところです。ご迷惑をおかけして申し訳ない気持ちです。

そこで、ズルズルと横になっていても気が滅入るので、ちょっと無理してPCに座り、発表になったばかりの「令和7年度国勢調査速報集計」をもとに、改めて色々と見える化してみたいと思います。

北海道全体としては、いよいよ500万人を切ってしまったそうで、この推移をグラフにすると以下のようになります。(以下のグラフは国勢調査データなので全て5年刻みの数値となります)

(↑)北海道全体としては、1995年をピークとし、徐々に人口減少が進んでいます。

では札幌市は??(↓)

(↑)札幌も2020年をピークに人口減少に転じました。


では岩見沢は??(↓)

(↑)北海道全体や札幌市と比較すると、かなり減少が加速していることがわかります。


ではここで、炭鉄港関連の15市町のデータを1枚で重ねてみます。

じっくりと見ていただければ、色々と感じるところがあると思いますが、旧産炭地は独特の人口減少ラインを描き、小樽、室蘭、岩見沢は程度の差こそあれ、徐々に、そして加速しながら人口減が進行中です。

様相が全く違うのは江別市です。
それでもしばらく右肩上がりが続いていましたが、札幌と比較すると2000年ぐらいに伸びが止まってしまった感じに見えます。そこからは横ばいに近い微減が続いている感じです。

参考までに日本全体の人口推移を見てみると・・・

公表されている国交省の長期的推移(↓)と比較すれば、いよいよここから日本全体の人口減少が加速することになります。上のグラフも、次の5年後や10年後にはっきりと減少のラインが見えてくるのかもしれません。

現在の速報値を反映した日本全体のグラフの形と比べてみれば、近郊では江別市が最も推移傾向(グラフの形)が近いのかもしれません。

それ以外の市町は、やはり日本全体よりは”かなり先”を行っていることになります。

報道でも、岩見沢市と室蘭市が2027年にも逆転するか?とも言われていますが、全体を見れば、そこに一喜一憂する要素は少ないことがわかります。

特に炭鉄港構成の15市町は、江別を除けば消滅可能性自治体へまっしぐらであり、何も抗わなければ将来は見えない状況です。しかし、それぞれの自治体が単体で抗って勝算があるかといえば、それはかなり難しい。

そこで、「150年前はほぼ人が居ない状況から、たった80年間で圧倒的なピーク人口に達し、その後65年間で一気に過疎化する」という、石炭産業に強烈依存することとなった地域の栄枯盛衰の流れを、世界でも例のない類まれな事例として【面の魅力】に昇華させることが大事だと思っています。

幸いなことに、小樽市の2025年度の観光客数が5年連続増加。宿泊客は初めて100万人を突破したとのことで、そのうちの数%でも空知エリアに来てくれれば、十分にホテル投資や付随する地域内経済循環、雇用増などの期待を描けるわけです。

その枠組みこそが現在取り組んでいる【日本遺産 本邦国策を北海道に観よ!~北の産業革命「炭鉄港」~】なわけです。

私は大いに可能性を感じていますが、その実現のためには、それぞれの市町が「イマダケカネダケジブンダケ」とならず、お互いに連携し尊重し合う「互恵性の仕組み」が必要だと思っています。

そのためには、まずはそれぞれの点の価値を高める努力が必要です。

その取組の一つが昨年から初めた炭鉄港3-DAYS Weekenderです。

こちらも昨日、2026年度の開催日程が発表されました。

今、新しい地域連携の形を実現すべく、色々と準備中です!

ぜひ急激な人口減少に伴う様々な荒波に抗って行きたいと思っています。


※今回も数値の収集からグラフ作成まで、完全にAIに丸投げしての作成なので、もしかしたら怪しいところがあるかもしれません。何か発見したらこっそり教えてください。

近隣の人口推移から見えるもの

〈令和8年5月25日投稿〉

5月27日(水)は東京からの高校修学旅行生を対象に約2時間半の講演+ミニフィールドワーク。6月4日(木)は札幌のちえりあ学習ボランティア2026年春・夏期講座で2時間の講演。6月6日(土)は歌志内市の(一社)ウタピリカさんで炭鉄港ガイド要請講座にて同じく2時間の講演。

などと、ありがたいことに講演準備が迫っています。それぞれ時間や伝えたい細かなテーマが違うので、現在、少しずつパワーポイントの手直しに追われているところです。

なぜか、そのようなときにブログを更新してしまう悪い癖があるのですが、今回は最新データをグラフ化する中でいろいろと比較ができそうなものを作ったので、せっかくなのでご紹介します。

(上グラフ)これは空知において、炭鉱の存在が大きかった6市(夕張、三笠、美唄、赤平、芦別、歌志内)と上砂川町の7市1町と、岩見沢市を比較した人口推移です。


例えば、最も減少率の大きいのが夕張市(下グラフ)で、現在はピーク人口の95.1%の減少となり、当時の4.9%しか人口がいないという衝撃的な事実があります。

しかしこれは夕張市だけではなく、歌志内市や上砂川町もほぼ同様の傾向です。

美唄市の場合は昭和40年代にいち早く主要炭鉱が閉山し、産炭地には珍しく平地が多く存在するために農業が盛んだったこと、また企業誘致も早かったことなどで、他の産炭地と比べると減り方は幾分少ない(約8割減)状況です。

そのような中で、岩見沢市は周辺産炭地から離れる方が移住される「人口のダム機能」があったといわれ、その減り方はぐっと緩やかになっていました。これが「岩見沢はほかの地域に比べれば、疲弊度は格段に少ない」と言われてきた根拠になります。

※1960年人口は 旧岩見沢市 64,443人、旧北村 8,652人、旧栗沢町 27,809人 で計上しています。ただし、厳密に言うとこの3数値は調査種別・時点が完全には同一ではなく、旧岩見沢市と旧栗沢町は住民登録人口、旧北村は国勢調査による常住人口となります。よって、「同一基準の国勢調査人口」ではなく、現在市域相当で合算した参考値として捉えて下さい。

しかし改めて前述の比較グラフをじっくりと見てみると(下図再掲)・・・

旧産炭地はすでに人口減少がかなり進行したため、これより先の度合いは安定していく傾向になると思われるものの(少子高齢化の進行は深刻ですが)、グレーで描かれた折れ線の岩見沢市は、2000年前後から急激に人口減少が進み、まさに現在進行系であることが見られます。

これは日本全体の構造と同様ではありますが、いよいよ行政運営もこれまでとは異なるフェーズとなり、行政だけではなく、市民一人ひとりが「あらゆることが今まで通りではなくなる」ということを認識しなければならないと思うのです。



さて、参考までに、北海道で一極集中の進む札幌市も人口減少フェーズに入りました。先日の報道では横浜も今回の国勢調査において、78年ぶりに人口減少となったそうで・・・

私たちの空知(特に旧産炭地)の強みは、これからの日本の地域課題をすでに先取りしていること。経済学者のドラッカーの言葉を借りれば「すでに起こった未来」がこの地域の武器でもあります。

日本遺産「炭鉄港」とは、その概念を各地で連携することによってプラスに昇華させるものです。どこまでできるかはまだ朧気にしか見えていませんが、様々にトライしていきたいと思っています。



【余談】

今回、改めてすごい時代になったと感じたのは、これらのグラフは全て生成AIで作成しています。

自治体によっては、公式ホームページに近年の統計データしか載っていないところも多く、そのため、総務省のサイトからいくつにもタブが分かれたエクセルデータを横断的に抽出したりしなくてはならないのですが、今回はその作業において、chatGPTもGeminiもいまひとつ役に立たず、Cloud codeでやってみたら一発で抽出できました。

そのデータをchatGPTに張り付け(cloudが無料版なので利用回数に限りがあり)て、いろいろと注文を付けると簡単にこのようなグラフになります。細かなところをチェックしたら、そこはAIなので誤っている個所もあるかもしれませんが、パッと見た限りでは問題なさそうです。


おまけで東京都も貼っておきます。

岩見沢市絵画ホール・松島正幸記念館で”みねのまのおしごと展”を見学

〈令和8年5月18日投稿(遡り投稿)〉

たまたま、同じ5月31日(日)まで開催中の、炭鉱と炭鉱まちの絵葉書展の中に、昭和一桁台と思われる岩見沢市絵画ホール・松島正幸記念館(当時は岩見沢警察署庁舎)の画像がありました。

現在は、、、

という感じですが、内部は階段のつくりや各所の意匠に、当時の建築のこだわりが見られます。


さて本題。

今回の「みねのまのおしごと展」ですが、デザイナーの真野さんは、岩見沢駅を中心としたまちづくり団体「いわみざわ駅まる。」などでもお世話になっていて、私の選挙ポスターなども真野さんの手によるものです。

そんな縁がありましたので、先日、議会会派の会議後に見学してきました。

当時はまだまだ駆け出し感があったのですが、現在はすっかり実力派デザイナーとして一定の地位を築いていると感じるとともに、その活躍の場も大きく広がっていることと思います。
https://mineno.net/index.html

会期は5月31日(日)までとなりますので、ぜひ元岩見沢警察署の建築意匠等も楽しみながら見学いただければと思います。松島正幸氏の作品ももちろん、1階も2階も見どころが沢山です。

可能であれば、その足で「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」の石蔵展もご覧いただければ、活況にあふれる当時の炭鉱まちと共に、昭和初期の岩見沢の様子が残された絵葉書も見ることができます。(こちらも5月31日(日)までです。

樺戸道路(峰延道路)はご存知ですか?

〈令和8年5月13日投稿〉

現在の道道275号線、月形町と美唄市峰延を結ぶ「道道月形峰延線」です。

ちなみに西側が岩見沢市、東側は美唄市になります。

ここは明治14年に設置された月形の樺戸集治監と、翌年に設置された三笠の空知集治監とを結ぶ最短ルートです。当時、何か有事の際は、月形から石狩川を下り、幌向から陸路で三笠を目指すルートであったため、非常に時間がかかります。

そこで誰も踏み込まない湿地帯を貫く直線道路(厳密には泥炭の湿地帯を極力避けるため、1箇所折れ点があります)を開削したものです。


ここはその手法が強烈です。

測量は囚人が膝まで水に浸かり、測量する看守の船を押し、月形の円山と三笠の達布山で狼煙をあげ、その狼煙を目印に伐採と杭を打つところから始まります。

吉村昭の小説「赤い人」のシーンをAIで再現すると以下のような測量シーンになります。(あくまでAIによる想像図につき、色々とご容赦ください。)

砂利を敷き詰めたところでずぶずぶと沈下してしまう泥炭の湿地帯に道路をつくために、冬の間に切り出した丸太を凍った石狩川で対岸に渡し、それを筏のように敷き詰めて、その上に砂利を敷き詰めてできた道路です。

(下図、同じく生成AIによる作画)
※鎖の位置も腰に巻きたいのですが、何度やっても、どのような指示をしても何故か左右の足を結んでしまったりと、まだまだ上手く使いこなせてませんが、一昔前ではこんなものを作るのは自分には不可能だったことを考えると、これまた凄い時代になってきました。

実は今年の炭鉄港3-DAYS Weekender 2026では、月形町、三笠市、美唄市、岩見沢市の3市1町で協力し、この樺戸道路に焦点を当てるプロジェクトを準備中です。つい先日も各地の学芸員さんや担当職員の方にお集まりをいただき、秋の開催にむけ様々に方向性を協議したところです。

できればこの丸太がまだ埋まっているかどうかの調査も視野にいれていきたいのですが、道との協議の過程ではまだまだその実現は難しそうです。でも、この丸太が見つかったらまさに文化財としての価値は非常に高いものと思いますし、道路脇に説明看板とフォトジェニックな表示を設置できれば、地域の歴史を見直す大きなきっかけにもなるような気がしています。

これからの時代は、例えば岩見沢市単体で何かを実行しても、その効果は限定的なことがほとんどです。だからこそこの様な他地域との連携をwin-winの相乗効果とし、点ではなく線や面としての価値を高めることが交流人口や関係人口の創出に不可欠であると考えています。

ここは誰かに提案したところで”箸にも棒にもかからない”と認識しているので、私自身が関係者と協力しながらプレイヤーとして汗を流す覚悟です。


これは月形側で狼煙を挙げた円山の展望台からの風景です。遠くに樺戸道路が見えます。


明治の北海道に送られた囚人の中には、西南戦争などの士族反乱に関わった人々だけでなく、国会開設や自由な政治参加を求めた自由民権運動の関係者も含まれていました。彼らは、当時の政府から見れば秩序を乱す「国事犯」でしたが、別の見方をすれば、新しい日本のあり方をめぐって政府と対立した人々でもありました。

江戸時代から明治期へと、急激に時代が変化する中、国や環境を憂い、正しいことと信じた行動の結果、命を命と思わぬ人権無視の環境の中で、農地整備や道路開削などの北海道開拓の礎を担った人々の汗と涙の結果が今の私たちに繋がっています。

だからこそ、先日の報道でもあったとおり、その囚人たちの墓石を倒すなどの暴挙は、歴史を知らぬ浅はかな者たちの許せない行為なのです。今、私たちの価値観の中に、「歴史を知り、先人に感謝できる知識」が圧倒的に不足しているのだと思っています。

篠津山霊園において、樺戸集治監の囚人墓地にある墓石58基が何者かになぎ倒される器物損壊事件が発生

今年の秋に開催予定の炭鉄港3-DAYS Weekender 2026では、ぜひこの道路にスポットを当て、私たちの地域の歴史を見直し、その価値を共有する機会にしたいと思っています。

ドイツルール地方からの訪問団

〈令和8年4月21日投稿(遡り投稿)〉

■4月15日(水)に旧北海道庁赤レンガにて、ドイツルール地域連合議員団が来日したことに伴う、日独友好北海道議会議員懇話会との交流会がありました。私は北海道「炭鉄港」市町村議員連盟の相談役という立場で参加させていただいた次第です。

ドイツのルール地方は、北海道の空知地方と良く似ていて、炭鉱の活況で栄華を誇り、エネルギー革命によって急激な衰退を経て、その後、見事なV字回復を果たしています。

※2019年に私がドイツに行ったときの投稿もぜひご覧ください。
https://hiranoyoshifumi.jp/2019/08/24/11574

今回は北海道議会議員である植村真美さん(NPO法人炭鉱の記憶推進事業団副理事長、元北海道「炭鉄港」市町村議員連盟初代会長)の尽力により、北海道議会の中に「日独友好北海道議会議員懇話会」が立ち上げられ、この度の交流となりました。


■4月18日(土)

水曜日は札幌での開催でしたが、この日はドイツ訪問団が朝から空知を巡る日程で、夕張や三笠の後に岩見沢にある「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」の石蔵にて、研修や意見交換、そして懇親会が開催されました。

私はNPOの取り組みとして、空知の現状や日本遺産「炭鉄港」の可能性や目指すところをお話させていただきました。その際、同時通訳があるわけですが、せっかくなので生成AIの力を借りて、プレゼン資料にワンポイント的にドイツ語を記載することで、より理解が深まるようにしてみました。

これは大当たりで、ドイツの方々にも非常に好評で、とても良い意見交換もできました。

「ドイツでも炭鉱は負の遺産と呼ばれ、様々な取り組みと苦労の上に今がある」
「地域にとって、あなたたちの様なキチガイがとても大事なんだ!」

などなど、ありがたい言葉をいただきました。

心配していたドイツ語の翻訳精度は、全く問題ないとのこと。

生成AIは非常に役にたち、もう日頃の仕事から手放すことができません。

もう少し時間が経過すれば、スマートグラスなどが当たり前になり、勝手に同時通訳もしてくれる時代となり、益々世界が近くなると確信しています。

ただそのときに日本の国力がどんどん低下し、円安が進行することで、海外客の受け入れは活発になったとしても、我々が海外にいける機会がどんどん失われるような気がして心配です。

実際に私も2019年のドイツ視察の時点から、随分と知識量が変化してきた中で、今、あらためて行けたら更に見えてくるものが違うのだろうと思っても、現在では、飛行機チケットもドイツでの滞在費も、あまりの高額にとてもじゃないけれど、もう一度行ける自信がありません。


下の集合写真は最後の交流会の後のシーンです。

私が三脚でシャッターを押したので、変な格好になってしまっているのは御愛嬌ということで・・・

いずれにせよ、明治初頭の政府が一丸となって海外の仕組みを取り入れたように、私たちもあらためて海外に学ばなくてはならないフェーズが来ていると感じています。人口減少と高齢化においては、世界のトップランナーである日本ですが、その解決策はどこにあるのか・・・。

なかなかその最適解は見えませんが、探すこと、考えることをやめてはいけないと思っています。

日本遺産フェスティバルin倉敷へ参加してきました

《令和7年10月30日投稿》

10月25日(土)、26日(日)の2日間

日本遺産フェスティバルin倉敷

に参加してきましたので、少し報告をしたいと思います。

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日本遺産フェスティバル参加に関する通常の目的としては、ブースを出展し、炭鉄港を全国にPRすることが主体ですが、今回は第3シンポジウムの「シリアル型日本遺産のあり方~広域連携が生む日本遺産の魅力」にお招きをいただき、パネリストとして参加させていただく機会もいただきました。

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これは前理事長の吉岡宏高さんが確立した炭鉄港の枠組みの質の高さ、そして初期の炭鉱の記憶事業等から関わっていただいた関係各位の努力の賜物であり、その延長線上に、今、私がこのようにPRする機会をいただけていることに改めて感謝と敬意を表す次第です。


まずは少し順を追って紹介します。

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会場となったのは、倉敷市のアイビースクエア。

多くのレンガ工場郡が立ち並ぶ、クラボウの工場跡地です。

隣接して倉敷市の美観地区があるため、海外からの観光客も非常に多く、週末はものすごい人口密度を感じた環境です。

会場の中では沢山の日本遺産ブースが並び、炭鉄港推進協議会も物販のみならず、石炭の重さ当てクイズやSNSフォローキャンペーン等を精力的に実施。

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2日間にわたり、常時来場者が途切れない多忙な時間が続き、炭鉄港の認知を高めることができたかと思います。


1日目の終わりには総会がありました。

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次回開催地は古墳が数多く残る宮崎県となります。

ここで日本遺産推進議員連盟を設立された赤池まさあき前参議院議員と名刺交換をさせていただく機会に恵まれ際、大変光栄なことがありました。

実は「北海道の炭鉄港の平野と申します。」と名刺を差し出した際、赤池先生から「あんたが平野さんか!」とおっしゃっていただき、何のことだろうと思ったら、昨年12月に開催した炭鉄港フォーラムに祝電を寄せていただいた際に、私のホームページなども見ていてくださり、「地方議員で良く頑張っているのがいるので、一度連絡しようと思ってたんだ」という身に余るお言葉でした。

【炭鉄港フォーラム】
https://hiranoyoshifumi.jp/2024/12/16

その後、非常に重たい宿題もいただきましたが、すぐにはできなくとも、何とか尽力していきたいと考えています。

次は懇親会へ。

この懇親会については首長級を対象としていたものらしく、私のテーブルには来賓の赤池先生や公益社団法人日本観光振興協会総合研究所顧問の丁野先生の他、近隣の市長、町長さんがずらりと・・・。これは間違った・・・と思わざるを得ない非常に身の丈に合わない特殊な経験をさせていただきました。

そんなことであっという間に1日目が過ぎていきます。


二日目もブースは大盛況でありますが、この日はメインのシンポジウムが開催されます。

朝から第1シンポジウム「酒~風土が醸す物語を活かす~」、第2シンポジウム「古墳~遺跡が示す古代日本の姿を今に活かす~」と続き、第3シンポジウムに「シリアル型日本遺産のあり方~広域連携が生む日本遺産の魅力~」となります。

第3シンポジウムでは

■No.35 鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴 ~日本近代化の躍動を体感できるまち~

■No.39 荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 ~気前船寄港地・船主集落~

■No.68 本邦国策を北海道に観よ!~北の産業革命「炭鉄港」~

の3地域でパネリストとして参加。

そして、コーディネーターは 海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群〜御食国(みけつくに)若狭と鯖街道〜を擁する小浜市の嶋田主査となります。

我々の炭鉄港としては、先日開催した炭鉄港3-DAYS Weekender 2025の取り組みを中心に地域連携のお話を展開させていただきました。

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各地で先進的に取り組まれている皆様のお話も聞かせていただき、大いに刺激をいただきました。

我々としても、現在取り組んでいる地域連携の手法はもちろんのこと、炭鉄港の魅力や価値についても理解していただけたのではないかと手応えを感じています。

※ただ、一地域単位としては非常にタイトな時間配分だったので、なかなか意を尽くすことはできませんでしたが、楽しい時間となりました。下画像は登壇の4名にて。

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最後の総括は、今回も様々にお世話になった公益社団法人日本観光振興協会総合研究所顧問の丁野朗先生(下画像左)。

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終了後には会場の皆様からも種々ご縁をいただき貴重な場となりました。

改めてお招きいただいた関係各位に感謝申し上げます。


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倉敷は北海道の寒さとは全く違いとても過ごしやすい気候と景観で素晴らしいまちでした。

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2日間を通し、全日程が終了した夕暮れ時に、レモンピール入のビールを外のベンチで飲めるほどの気候!なんとも羨ましい環境!!

取り急ぎ、簡単ではありますが、日本遺産フェスティバルin倉敷の報告まで!


本投稿はこちらの「炭鉱の記憶だより」に投稿したものを修正して投稿しています。

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