信州やまほいく〈総務常任委員会他都市調査②〉

〈平成29年10月5日投稿〉(①より続く

今回の視察の核となったのは、この長野県が進める「信州やまほいく」という制度でした。

この制度は、人の育ちに対する「幼児期の重要性」を、保護者、保育者、地域住民、行政など、子どもを取り巻く大人達が共有し、子どもの主体的な育ちと学びを大切にすることを目指してつくられています。

幼児期の育ちの重要性については、私自身、過去から様々な機会でお話をさせていただいたり、本サイトにおいてもまとめとして掲載していることもあり、この信州やまほいくの根底に流れるものと共通の想いがあります。(この制度は、想いだけではなく県内各地で実践していることが何より凄いことなのです)

この信州やまほいくのことを知るきっかけになったのは、この制度の中心人物である長野県県民文化部次世代サポート課次世代育成推進幹の竹内氏の講演を札幌で聞いたことに始まります。

今回はその時の気づきを、私個人だけではなく、岩見沢市の子育てや教育を所管する総務常任委員会のメンバーで共有したい。そして岩見沢での実現に向けて一歩を踏み出したい。その様な想いでお伺いさせていただいたものです。

よって、市の常任委員会の視察先としては珍しい県庁への依頼。そして午前に現場、午後から座学という1日がかりの視察となるなど、非常に力の入った調査となりました。

まずは現場で実際に活動されている「こどもの森幼稚園」でこども達が実際に遊んでいる姿を視察させていただき、その後、県庁にて座学となりましたが、本投稿では便宜上、順序をMIXして紹介させていただきます。

 

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まずはこの『信州型自然保育認定制度(信州やまほいく)』とは、自然保育の社会的認知、信頼性、質の向上を担保するため「自然保育」に取り組む団体を、選択できる2つの種別と24項目の基準で、長野県が独自に認定し、支援する仕組みです。

認定は、質、量共に自然保育に重点を置いている活動を行う「特化型」と、他のプログラムと併せて自然保育にも積極的な活動を行う「普及型」という2つの種別から選択することができます。

例えば今回視察させていただいた「学校法人 いいづな学園 『こどもの森幼稚園』」は徹底的に外遊びを重視する特化型となります。

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(↑偶然的に自然のブランコを発見して遊ぶ様子)

この幼稚園は55名の園児がいます。
飯綱高原という標高1千メートルぐらいの場所にあるのですが、長野中心市街から車で20分程度で通える好立地。前日の天気予報が雨だったため、外遊びのこども達を見ることができないのではないかと心配していたのですが、雨が降ってもこども達は大抵は外で遊んでいるとのこと。

また午前も午後も外で遊び、お弁当も外で食べることが多いとのこと。

よって、こども達の水筒も室内ではなく屋外に吊るされておりました。(↓)

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遊具等は最小限で、できるだけシンプルで工夫することが楽しい環境になっています。また50名を超えるこども達が自由に山の中でドロドロになって遊び回っているのですが、当然のことながら子ども達は気づかないものの、先生を始めとする大人たちが見守る器の中で自由に遊んでいる状況です。

 

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(↑)女の子がカエルを捕まえて見せてくれました。このカエルは敷地内に巣があるらしく、ちょくちょく出てきては子ども達に捕まっているとのこと。こども達には通称「神様」と呼ばれているカエル。(表情が豊かでとてもかわいらしい女の子だったのですが、掲載許可をもらってないので残念ながら下半分の表情でお許し下さい。とても自信たっぷりでカエルを見せに来てくれました。)

午後からの県庁庁舎内での座学では、竹内氏よりこれらのやまほいくが重要である視点として、「幼児期の育ちがいかに重要か」そしてその実現に向け「自然保育がどれほど適しているか」という事に関して、様々に説得力のある資料が提示されます。

 

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ちばレポ〈総務常任委員会他都市調査①〉

〈平成29年10月5日投稿〉

10月2日(月)~4日(水)まで、総務常任委員会にて他都市調査を実施してきました。

今回の大きな柱は「こどもの育ち」であり、特にその取組が顕著な長野県の信州やまほいくの状況を視察することを主軸としましたが、その移動範囲内にて総務常任委員会管轄で、岩見沢市に活用することで市民生活に好影響がでることが期待できるものとして、以前から関心を持っていた「ちば市民協働レポー ト」の状況をお伺いしてきました。

よって、初日は時間的にも非常にタイトで朝7時40分に市役所を出発。羽田空港から一度千葉市に向かい、研修後に長野市まで移動するというスケジュール。それでもやはり行って良かったと感じる「ちばレポ」の内容でした。

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まずはこの〈ちばレポ〉がどのようなものか簡単に説明したいと思います。

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【動画】岩見沢市役所庁舎建て替えについて〈平成29年第3回定例会 一般質問〉

〈平成29年9月22日投稿〉

9月8日に行われた、平成29年第3回定例会一般質問の動画がupされていました。現在、建て替えの準備が進んでいる市役所新庁舎についての質問です。

【通告内容】

1,市役所庁舎建設について
(1)多くの市民と対話できる情報提供のあり方について
(2)都市計画マスタープランとの整合性について
(3)市民協働に向けた市役所庁舎の考え方について
(4)現在地における活断層の考え方について
(5)合併特例債の活用について

となります。

 

動画は下画像をクリックするか、下記リンク先より御覧いただけます。

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 https://www.youtube.com/watch?v=R7_Ce3O-CBM

 

【参考】登壇前に公開した読み原稿
https://hiranoyoshifumi.jp/2017/09/05/9014

50.5mm/h 豪雨の影響から(平成29年9月20日)

〈平成29年9月22日投稿〉

一昨日の午後、雨は降らねど雷の音が鳴り響く。

そこで「雨が降る前に・・」と、用事を足しに車に乗ったら突然の豪雨。車のワイパーを最速にしても全く追いつかない状況で、これは酷いと思ったものの、まさかこの様な記録的な豪雨になるとは、その時には思ってもみませんでした。

僅か2~30分の間で用事を足して、事務所に戻る時には交差点ごとに若干5cm程度の水たまりができつつありましたが、雨はそれから更に勢いを落とすこと無く降り続き、場所によっては通行止めになったところも幾つか発生した状況でした。

下画像はFBで繋がらせていただいているT氏からお借りいたしましたが、中央通りと7条通りが接する交差点付近では、この様な深刻な状況になっていた模様です。

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とは言え、すぐ脇にある利根別川の水位は、かなり上がってはいても道路に比べれば圧倒的に低い状況。よって、この様な冠水が発生してしまうということは雨水本管が詰まっているのだろうか?などと薄っすらと考えていました。

そこで昨日、この状況を把握するために市役所の防災担当のところに伺ってきました。

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冠水箇所を記載した地図を見せてもらうと、市に通報があっただけで20箇所の冠水があったとのこと。

その内、通行止めの措置がされた箇所も幾つか。

大和地域などは地盤が低いため冠水しやすいのは理解できますが、解せないのが中心市街地です。特に7条通り付近は決して標高は低くないのです。

【参考までに、岩見沢周辺で地盤の低いところとして、砂浜地区自治会館周辺で海抜6.7m、幌向駅周辺で8.8m、大和2条5丁目付近で約12m、北地区にある総合体育館周辺で15.9m程度であり、対し、岩見沢駅は19.9mと中心市街地は比較的標高が高い状況。(ちなみに市役所は28.8m、自衛隊付近は58.1m、栗沢支所22.9m、北村支所10.5mという数値になります。)】

なぜ比較的標高が高いはずの中心市街地でこの様な冠水が発生してしまったのか?

市の防災担当とお話して思い出したのですが、この中心市街地周辺は”雨水”と”汚水 (トイレや流しなどの生活排水)”が一緒に処理される「合流式」で下水管が整備がされています。そのため処理量を超える流量になってしまうと、水がのめなくなってしまってこの様な事態になったと想像できます。

恥ずかしながら、この合流管の処理システムについての情報は詳しくはありませんので、今日の朝、水道部へ伺って教えてもらってきました。

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上図のグレーになっている部分、岩見沢市の中央地区が古くから整備されているために、本来一般的な下水道方式である合流式となっています。(補足:岩見沢市は下水道(汚水)普及を短期間で推進するために、汚水管のみの整備を優先したことで市内の多くの地域では雨水と汚水が分離しています。聞いたところによると札幌市などは合流式が多い様です。)

図がちょっと判りにくいので補足すると、赤い四角が駅で、東は12丁目付近まで、北は線路が境目となり、一部元町も。南は利根別川が境目になっているようです。

この地域は前述の様に雨水と汚水が一緒に下水管を流れ、国道12号と西10丁目線交点近くにある岩見沢市下水道第一中継ポンプ場に集められ、そこから南光園処理場へ圧送される仕組みになっています。

 

今回の様に、合流式地域で想定流量を上回ってしまうと、一部で冠水が発生してしまう可能性があります。(ここでもう一つ心配になるのが、そのような大量の汚水が南光園処理場に集まることで、処理能力が追いつかず大変なことになってしまうのでは?という疑問には、一旦、滞水池に貯めることで対応しているとのことでした。)

また、ここで処理量を大幅に上げることで市内における冠水を防止することができないか?という視点においては、合流式でも、そうではなく雨水単体の排水本管の場合でも、道路から川までの流達時間が早まると、今度は川の氾濫の危険性が高まるため、基本的に雨水桝と本管の流量はある程度の量を超えると水が飲み込めなくなるのを原則としていて、わかりやすく言うと道路自体を一時的にダム的機能を持たせることで川への流達時間を遅くし、河川氾濫による大災害を抑える効果もあるとのこと。(とは言え、今回の様に常に冠水する場所の方々にしてみると納得できるものではないと思われますので、その対応については今後も注視していきたいと考えています。)

昔であれば道路も舗装されず、豪雨も自然浸透から時間をかけて川に到達していたものが、現在は多くの面積が舗装されてしまい、人工的に一気に集まって川に流れていってしまうことから、川の水位の上がり方が非常に早く危険な状況に陥ってしまう頻度が上がるということになります。

また、今回の豪雨は局所的だったため、周辺の川の水位が上がらなかったのが不幸中の幸いでした。

これでもう少し範囲が広く、あらゆる川の水位が上がっていると、中心部を流れる利根別川も流速が下がり、益々水がのめなく負担が大きくなり危険が増します。そこで余談ですが、現在、北5条通りを通行止めにして雨水幹線工事が行われていますが、実は現在の北条丁目等は近場の幾春別川に水が流れるのではなく、集まった雨水が回り回って利根別側に流れている状況。それを一定の量を超えたらオーバーフローさせて幾春別川に水を流すようにする。これが機能すると利根別川の負担も減ることに繋がり、北条丁目のみならず岩見沢市内全体に波及する効果があるというのも、恥ずかしながら今回始めて知りました。

この度の豪雨の影響で新たな事を色々な角度から調べさせて頂き、これまで見えなかった課題も新たに見えてきたところです。

 

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さて、岩見沢に住んでいて、これまで1時間に50mmを超えるような強烈な雨は経験が無かったような気もしますが、それでも過去の記録を調べてみると4位の記録。20年前の1997年には72.0mm/hという記録がありました。この時は一体どうだったのでしょうか。

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(以下上図のリンク先) http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/rank_s.php?prec_no=15&block_no=47413&year=&month=&day=&view=

*参考までに日本全体での歴代記録は1982年に長崎県、1999年に千葉県で観測した153mm/hという、一昨日の3倍という想像もできないような記録がありました。リンク先を見ていただけるとわかると思いますが、2011年7月の新潟では、10分間に50mmという想像もできない豪雨も・・。
http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/rankall.php?prec_no=15&block_no=47413&year=&month=&day=&view=

 

 

 

 

 

気候の変化が著しく、この北海道でも大雨や台風に見舞われる傾向が強まっていることから、この防災の視点は益々重要になってきます。ただ、自然が相手であり、尚且つ数年に一度という恒常的でないものにどこまで予算措置ができるのか、またその優先順位は?などと難しさも膨大です。

 

ちなみに、冒頭にご紹介した中央通りの位置では、今回のみならずまとまった雨がふると冠水する傾向があるようで、昨年夏の画像を見せていただいてもこのような様子でした。

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(上画像:2016年8月20日の状況)

今回に比べると遥かに少ない雨量でもこの様な状況になるため、やはり何らかの検討が必要なものと思われます。しかし、ここは道々であるがゆえ、管理者が北海道なので市が直接的になんらかの措置ができるのもではありません。また、管理区分のみならず、岩見沢市内にこの様な状況に陥る場所がどれぐらいあるのか。それらも一度把握できたらと思っています。

 

まずはこの様な自然災害も、その時を過ぎてしまうとつい印象が薄くなってしまいますが、改めてこの様な状況を知ることで、今後も注意深く見ていくことができ、全体最適の名のもとに課題を据えることができます。

何と言っても著しい災害的事象は無いに越したことはありませんが、万が一に備えていく心構えは行政も民間も大事なことだと思います。

これらについて、また何かあればご報告させていただきます。

コバルト四天王 久美沙織×岩見沢高校生 としょかんトーク

〈平成29年9月21日投稿〉

平成29年9月30日 午後2時から、岩見沢図書館にて表記の催しが開催されます。

これは岩見沢出身の作家、氷室冴子さんと関連した内容にもなるのだろうと思います。

氷室冴子さんは、コバルト四天王の一人であり、平成5年には「海がきこえる」という作品をスタジオジブリがアニメ化するなど、かなり有名で人気のある作家さんです。しかし、岩見沢出身ということはあまり知られていなく、しかも北本町小(統合して第一小となる前身校)→緑中学→東高と、小、中学は同じ学区の先輩にあたるということもあり、私自身、非常に親近感があります。(とは言え、非常に恥ずかしながら、私自身、それを知ったのも最近であり、そのため作品すらまだ読んだことがないという素人っぷりを発揮中ですが、近日、是非娘と作品を読んでみたいと思っています。)

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岩見沢の高校生達もとても頑張っていることもあり、9月30日(土)は、是非図書館に足を運んでみては如何でしょうか!

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ここ最近、2008年にお亡くなりになってしまった氷室冴子さんの功績を今一度確かなものに!という主旨のもと、氷室冴子青春文学賞実行委員会(木村聡代表)が発足したりと、様々に機運が高まってきているところと感じます。

私自身、あらためて岩見沢が誇る作家さんの功績を再確認してみたいと思っています。

これも大きな岩見沢のシビックプライドにつながっていきますね。

第51回 北海道公立学校教頭会研究大会〈空知大会〉

〈平成29年9月20日投稿〉

9月15(金)、16(土)の二日間、北海道公立学校教頭会研究大会があり、岩見沢市に全道からの多くの教頭先生の代表が集まりました。

私は非常に僭越ながら、その中の特別分科会のシンポジウムで登壇させていただく機会をいただいたものです。

本特別分科会の研究テーマは「学校体育のこれまでとこれから-体力問題を中心として-」というもので、15日(金)の午後2時から北海道教育大学岩見沢校の山本理人教授の基調講演がありました。

この日は議会閉会日だったのですが、閉会後に移動し、無事に時間に間に合って最初から聴くことができました。

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ここでは心身二元論等を始めとし、体育そのものの考え方や、年代別の指導要領の変遷と現在。また、海外の体育の傾向などを高密度で紹介していただき、その後、会場を変えて討議が行われる設えでした。

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あらためて多くの教頭先生のエネルギーを感じる事ができる活発な議論が進み、会場の熱気は相当なものに。(撮影許可はいただいていませんので、若干ぼかしをいれさせていただいています)

この討議のまとめでは、選ばれたテーブルの発表者が各々話し合った内容を発表。初日ということもあり、それぞれの学校の取組などの意見が多くあったと思われます。

その後、翌日の登壇者と運営側とで打合せを実施。

翌朝は9時からシンポジウムとなります。

 

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特別分科会のシンポジウムのテーマは「学校と地域が連携した体育向上への取組の可能性」という難しいもので、前日に引き続き山本理人教授がコーディネーターを務め、シンポジストとして北海道教育長留萌教育局義務教育指導班主査の松尾康氏、NPO法人幕別札内スポーツクラブのクラブマネージャーであり幕別町議会議員の小田新紀氏、最後に私が岩見沢市P連元顧問&岩見沢市議会議員として、地域と保護者の目線から提言をお話するという依頼をいただいたものです。

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この「学校と地域が連携した体育向上への取組の可能性」というテーマは非常に難解で、何か一点突破的な解決策は存在しないと思われます。

道教委の松尾氏は、日頃の研究内容からデータ等を元にした見識を発表。小田氏は自身が関わってきている地域のスポーツクラブと学校との連携について。私は岩見沢プレーパーク研究会こども環境学会の視点から「遊び」の重要性と、それを地域で共有する価値観の醸成についてお話させていただきました。

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この根幹は、先日、空知社会教育研究協議会でもご紹介させていただいた内容を短時間用にアレンジして、尚且つ、その価値感を地域や家庭と共有し、共に住み分けと連携を行っていくことが重要とする旨のお話となりました。

このシンポジウム終了後、また会場を移し昨日同様の討議が行われ、最後にその結果を元にシンポジストの3名+山本教授がまとめのコメントをするという流れとなりました。

ここで感じたのは、タイムリーに報道されていた「教頭先生の7割が過労死ラインの労働時間」と言われる教頭先生達の熱意でした。シンポジウムでも会場からの質問が活発に発せられ、それぞれ自分の学校での取組に活かすことができないか貪欲に取り組む姿が見え、討議の時間も会場全体が地鳴りが発生したような音になります。

この様な熱意のある先生達によって学校運営がなされていることを改めて感じることができたのは、私自身、本当に素晴らしい経験となりました。また、空知地域の教頭先生が運営を行い、打合せ一つとっても万全の備えをしてきていたことも特筆すべきところと思います。

 

ただ、私の発言が期待に沿っていたかどうかはわかりません。

日常的に学校環境に接しているプロのお二人の話しの次に、地域・保護者代表とは言え私。

あくまでこの日の私の役割は「ゲテモノ枠&賑やかし的」なものと捉え、日頃の学校生活ではあまり感じることのできないであろう社会環境変化にスポットを当ててお話をしてみました。

特に大事なのは、環境建築家でありこども環境学会の代表理事でもある仙田満氏の論文にあるように、こども達が群れて遊ぶ中で育む5つの能力が、大人になるための人間形成にとても重要な役割を果たしていると感じているものです。

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しかし、今の社会環境においては、この「群れて遊ぶ」ことが限りなく難しい状況になっている。

だからこそ、地域、家庭、学校が意図的にその遊びの場を保証してあげる必要があると考えています。とは言え、それが叶わない保護者も多いのが実態なので、何らかの補完をしなければならない。そして、その補完すべき「キー」となるのは学校ではなく、地域と行政なのだろうとも考えています。

この岩見沢においてもプレーパークの様な取組が、その時々に対象となるお母さん達が運営しているだけでは、どうしても新陳代謝がうまく機能しなくなってしまった場合にはその活動が途切れてしまうことにもなりかねません。またプレーパークやプレーセンター等々の様なものに参加できる子とできない子がいる中で、小学校区的な、より身近な地域においても展開できる工夫も必要だと思います。

それらを含め、こども達が群れて遊ぶ環境づくりは、もう行政が介入しなければ実現できないものなのかもしれないと感じています。このあたりは自身の次のステップで研究していきたいと思っています。

 

まずはこの度、私のようなものにお声がけいただき、重要な機会を与えていただいた関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。

私自身、非常に有意義な二日間となりました。誠にありがとうございました。

こども環境学会 全国大会報告書のご紹介

〈平成29年9月15日投稿〉

先日、こども環境学会の会報誌が送られてきました。

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その中には5月に恵庭で開催された全国大会の報告がたっぷりと!

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私は分科会Cの担当として、この報告書を記載させていただいたので少しご紹介いたします。

(当日の様子はこちらを御覧ください。https://hiranoyoshifumi.jp/2017/06/05/8586

 

***以下報告書転載****

 

【日時】5月28日(日)10:00~12:00

【会場】北海道文京大学本館3階631教室

【話題提供者】

1,林 睦子(岩見沢プレーパーク研究会)

2,勝呂由紀、竹中美佳、松岡千枝(恵庭プレイセンターHug!)

3,宮武大和(札幌トモエ幼稚園主任教諭)

【コーディネーター】

平野義文(岩見沢市議会議員)

 

こどもの課題の根幹は大人にある。これを切り口とし、「共に遊び 共に育つ」をテーマとして展開した。

最初の話題提供は、岩見沢プレーパーク研究会の林氏。《本活動は平成26年に全くのゼロからスタート。プレーパーク(以下PP)をやってみたいという自身の想いから講演会を主催。それに参加し賛同してくれた人々と実験開催を行い、以来、延べ開催数約50回、約2,000人の参加者を数える。活動を継続していくことで通常とは逆の行政からの事業協力依頼でPPを共催、地元教育大学との連携から大学敷地内でPP実施など広がりを見せている。運営は保護者の得意を持ち寄っている。多くの子ども達に触れる中で多様性に気づき、正解は無数にあることに気づける。正直PPの運営も疲弊する。そこでお母さん達と相談して頻度や開催方法などを工夫する。現在は森のようちえんも画策中。まさしく、こども達が成長する場としてだけではなく、運営する保護者の成長、関わる学生さんや多くの人々の成長の器として継続中。》と発表。

 

2組目は恵庭プレイセンターHug!を運営している3氏より《プレイセンターはニュージーランド発祥の「親たちによる幼児教育活動」。恵庭市では9年前に道内唯一として開始。Hug!は恵庭市運営のプレイセンターがきっかけで、様々な可能性を広げるためにお母さん達で独立して立ち上げた任意団体。運営は「自由遊び」「親の学習会」「協同運営」で成り立つ。役割や負担が少なく、自分の子だけ見ていれば良く気軽に参加できる支援センターと比べ、プレイセンターは登録制、会費制、学習会、協同運営という面倒な側面がある。しかしそれがメリット。お互いに「誰誰のママ」ではなくニックネームで呼び合う。自主運営なので企画運営を通し喜怒哀楽の中で仲間ができ、親子で成長できる。「子どもが主役になれる場所」を大人がサポートする中で得られる経験は何事にも替え難い。》と発表。

 

3番目に札幌トモエ幼稚園の宮武氏より《トモエ幼稚園は母親を中心に生後1ヶ月の赤ちゃんから祖父母まで、幅広い年代の家族が園児と一緒に通える園。いつきていつ帰っても良い。多くの保護者が園内にいるので自分の子以外を抱っこしている風景も普通。森の中にあるので、こども達は多様な経験ができる。蛇も種類が判別できれば自分で捕まえて良い。古いバスの上から飛び降りるのも自己判断。それらの環境により親(大人)の変化が生まれる。本来、子育て未経験であれば、親としての能力が発揮できないのは当たり前。また、今の親世代は育てられている時に「育てる」を学ぶ機会が少ない。また、家庭・地域での子育てを支える力が弱くなってきていることから「子どもが育つ」と同時に「親も育つ」場をつくることが必要との視点で1988年から園児家族に毎日開放している。》

 

このような3者の発表の後、トークセッションを行い「親・大人の育ち」が、より社会認知を得るためのプロセスや、広がりへの課題などを各々の体験談を元に共有。最後に当学会中島興世副会長が会場から発言した、「皆さんのそれぞれの活動は小さなもの。しかし核心をついたもの。日本の子ども達の未来に繋がる正しい運動である」との言葉が本分科会を象徴する言葉として会場に響いた。

 

***転載終わり***

 

字数制限があるので、なかなか意を尽くせませんでしたが、とても有意義な内容であったことを補足させていただきます。

北海道道立学校教頭会研究大会 空知大会 特別分科会について

〈平成29年9月13日投稿〉

9月16日(土)岩見沢市民会館まなみーる 文化センター中ホールにて、表記特別分科会シンポジウムがあり、その中でシンポジストとしてお話する機会をいただきました。全道の公立学校の教頭先生が大勢集まり、二日間にわたりテーマに基づいた研究協議、討論を行っていく場となります。

お声がけをいただいたのは確か4月のこと・・。まだまだ先だと思っていたら、あっと言う間に9月になってしまいました。

 

あらためて今回のプログラムを見せていただくと、何とも鼻がムズムズするようなご紹介をいただいていますが・・。

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今回の大会テーマは体力問題を中心に掲げた中で、シンポジウムで求められているものは「学校と地域が連携した体力向上への取組の可能性」という非常に難しく重たいもの。

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議会開会中ということもあり、なかなか集中してプレゼンを作れずにいたのですが、何とか先程メールで送信させていただきました。

コーディネーターが北海道教育大学岩見沢校の山本理人教授で、シンポジストが道教委の方とスポーツクラブ運営の方、そして私の3名。他の2名はプロとして、私は「ゲテモノ枠」での登壇?と腹を括りつつ、聞いていただける方の時間泥棒とならないように、これまで関わってきた「こども環境学会」や「プレーパーク」等の概念からお話を展開させていただくこととしました。

明日の打合せから3日間、非常に重たいテーマと環境の中、緊張感のある日々となりますが、何らかのヒントやきっかけになるような展開になれれば良いなと考えています。

今回は、ちょっと普段と違って緊張感がありますが、なんとか頑張ってきたいと思っております (汗)

室蘭港立市民大学の炭鉄港ツアーについて

〈平成29年9月13日投稿〉

9月9日(土)室蘭港立市民大学による「秋のバス研修 ~室蘭の発展のルーツを探る『炭鉄港』の旅~」があり、この案内役をさせていただきました。

このツアーの実現にあたっては、炭鉄港議連副会長である室蘭南川市議と同幹事長である私との接点の中で、室蘭のルーツとなる石炭産業の拠点の一つである岩見沢周辺を見学したいというのがスタートでした。

以前、少数の運営委員会のメンバーが下見に来て、その結果、今回のツアーは下記の様な流れとなりました。

 

①まずは三笠クロフォード公園で待ち合わせ。

炭鉱ガイドはNPO法人炭鉱の記憶推進事業団の北口氏、秋元氏、そして元炭鉱マンの斉藤さんという布陣です。
ここから室蘭市民大学と合流し、NPOの女性二人がバスに同乗してガイド開始です。

 

②三笠幌内炭鉱へ

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炭鉱施設はNPOの北口さん、秋元さんの2班体制でガイドを実施。+炭鉱マンの格好をした斉藤さんがサポート。

この幌内変電所は大正時代に夕張の発電所から引いた電気を変電する施設。レンガとRCづくりの趣のある建物と、変電施設の老朽具合が歴史の重さを感じさせます。

 

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こちらは明治12年に採掘開始された音羽抗です。恐らく当時、伊藤博文などの明治の重鎮達が続々と幌内入りしているので、この抗口を見ていることでしょう。また、この抗口は水平坑と言ってほぼ水平に掘り進む形。内部の石炭運搬は馬が担っておりました。

この抗口から採掘された石炭を運ぶために、小樽-幌内間を結ぶ官営幌内鉄道が明治15年に開通し、岩見沢にも人が住む前に駅ができた原点となります。

さらに採掘量を上げるために空知集治監がつくられ、主に明治政府に反旗を翻した政治犯が過酷な労働を担っていたものです。

 

と、ここで局所的豪雨に見舞われ、全員ずぶ濡れになってバスに退避。

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やむを得ず奔別炭鉱へ移動。

 

③奔別立坑へ

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バスでの移動中に唐松駅や幌内立坑などを車窓から確認しつつ、突如現れる大きな立坑に皆さん圧倒されます。幌内での遺産群を前にしての解説とひと味違い、この巨大な構造物の迫力はあまり言葉を必要としません。それでも多くの参加者が写真を撮りながらも、元炭鉱マンの斉藤さんに質問攻めをしていました。

 

④赤電車で昼食
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今回は〈炭〉だけでなく、〈鉄〉の要素も入れていこうとの想いで、昼食は大地のテラスでとりました。また特別な扱いとしてシュラスコ弁当をつくっていただき、それを赤電車の中で食べるという特別な設え。

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皆さん、本当に喜んでくれました!

 

⑤昼食後、バスは「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」へ

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センターの前にバスを横付けし、56名の参加者を一旦奥の石蔵へご案内。

そこでNPOの秋元氏より、マネジメントセンターの位置づけや機能などをガイドしてもらって午後の部がスタートします。

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ここからは休憩したい人はセンターで一服。駅東市民広場で空そば祭りが開催されていたので、そばに興味がある方はそちらへ!駅に関心がある方はガイドしますので、私についてきて下さい!という設えに。

結果として40名以上の方が駅舎を見学したいとのことで、ぞろぞろと大移動。

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ここでは帰りの時間までで約20分程度しかなく、普段のガイドの半分以下の時間しかなかったので凝縮して要点のみの解説に。

それでも設計者のこと、レールのこと、レンガのこと、歴史のことなど、とても熱心に聞いていただけて、大人数ながらとてもやりやすいガイドとなりました。

最後に駅北の自由通路を渡り、大きな窓から岩見沢レールセンターをみて

「壁にある星のマークは、室蘭の人にもおなじみの北炭(北海道炭鉱鉄道会社)の社章。明治37年から39年までは岩見沢に北炭の本社があった。しかし39年の鉄道国有法により鉄道を国に売却したことで本社を室蘭に移し、現在の北海道炭鉱汽船㈱に社名変更。また、この鉄道売却益を元にしたサイドビジネスとして、イギリスのアームストロング社などとの合弁会社 日本製鋼所を室蘭に建設。現在の鉄のマチの原点をつくっている」などの関連をお話させていただきました。

これら、意外と両市の市民にもしられていない、岩見沢と室蘭の関係性などもとても興味深く聞いてもらえました。

そして時間に急かされてバスに戻り、一行は窓から大きく手を振りながら戻っていかれました。

 

さすが市民大学というだけあり、とても感度の高い方々が多く、貪欲に知識を求める雰囲気は、ガイドをしていてもとても熱意を感じてスムースに進行することができました。

また、一見難しそうな炭鉄港のテーマでも、意外とすんなり観光資源になりうることも実感。ただし、ガイドがいなければ見た目の部分しか触れられないので、市民ガイドの養成などを行い、まさしくエコミュージアムの実現を目指すのも一つの方法であると感じています。

いずれにせよ、とても貴重な経験をさせていただきました。

関係各位に心より感謝申し上げます。

北海道「炭鉄港」市町村議員連盟 赤平研修

〈平成29年9月13日投稿〉

9月2日(土)北海道「炭鉄港」市町村議員連盟 空知・赤平研修が行われました。

旧赤平住友立坑は、地下650mまで鉱員を運ぶ巨大なエレベーターで、昭和38年に当時の金額で約20億円を投じて建設され、平成6年の閉山まで利用されました。

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この立坑は閉山時から極力オリジナルの形を維持するように保存され、地元有志を中心とした赤平コミュニティガイドクラブTANtanによって、ライトアップやガイドツアー等が行われてきました。

それらの功績もあり、昨年、住友から赤平市へ寄贈されたものです。赤平市はそれを機に本格的な炭鉱遺産活用による観光地域プロジェクトを開始、現在地方創生拠点整備交付金により、現在炭鉱遺産公園ガイダンス施設を整備中です。

研修においては、その立坑内部を炭鉄港議連会長の植村赤平市議、同幹事の芦別大橋議員のガイドで見学。

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あらためて当時の石炭産業のスケールの大きさを知ることができました。

その後、NPO法人炭鉱の記憶推進事業団の吉岡理事長の講演で、ドイツを始め、世界における炭鉱遺産等の活用事例をお話いただき、今後の道内の炭鉄港に関わる遺産に希望を共有するに至ります。

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また当日は、特別に自走枠工場や抗口浴場も見学。

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往年の石炭産業のスケールの大きさを感じることができました。

来年、新たなガイダンス施設ができると、周辺の高まりにも期待が持てます。現在、炭鉄港の取組の中ではかなり進んだ自治体になりつつある赤平の今後の展開が楽しみであると同時に、岩見沢も当時の石炭の集積する交通の拠点としての位置づけをどう高めていけるのかもしっかり取り組んでいかなくてはなりません。