カテゴリー別アーカイブ: まちづくり的雑記

北海道教育大学岩見沢校 地域プロジェクトⅠでの講義。

平成28年11月7日投稿

2年前にも一度授業でお話する機会を頂いたのですが(その時の模様)、大変ありがたい事に今年もその様な場を与えていただけました。

対象は1年生全員なので、約190名ほどとのこと。「地域プロジェクト」という授業枠で、シリーズ的に岩見沢という地域に関することをテーマに勉強していく様で、今回私は岩見沢の生い立ちや特色、また経済的な話も若干いれながらお話をさせていただきました。

そして先日、その模様を北海道教育大学i-BOXのfacebookページにも紹介していただきましたが、以下の様な感じでした。

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前回は「いわみざわ駅まる。」の活動を中心にお話をさせていただいたのですが、今回は岩見沢シビックプライド探求部で得た内容等を元に、岩見沢の生い立ちから特徴まで盛りだくさんで。

結果として学生さん達にとってはあまり面白い内容とはならなかったかもしれません(汗)

特に岩見沢以外、また北海道外から来ている学生さんが多く、まだ入学して1年に満たない状況下、「手宮」「幌内」「江別」「志文」「宝水」「東町」・・・というような話をしても、ピンとくることも難しいことから、もっと噛み砕いて情報量を抑えるべきだったと反省しているところです。

もう少し、歴史への興味とか土地勘が備わってくるとまた違うかと思うのですが、今回はそう言った面でちょっと私の勉強不足があったと認識しています。いずれにせよ、このような機会をいただき、岩見沢の面白さや良さ、特徴などをお伝えできるのは何よりありがたいことでした。

学生さん達に、どれだけ岩見沢というものが伝わったかは全くわかりませんが、何か一つでも頭の隅に残るようなものがあれば良いなと思うばかり。

 

私はまだまだ修行が必要な様です・・(汗)

徒然ブログ

《平成28年10月23日投稿》

スマホに溜まっている画像をみたら、ちょっとだけ投稿したくなったので。。

 

9月に会社が合併した流れで、私のオフィス環境がガラリと変化しました。
会社としての業務も、議員としての仕事もこれまでとは違い、この場所ですべてできるようになりつつあり、とても効率が良くなる見込み。

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そこで、パソコン画面をみる時間が長すぎるが故、つねに肩こりに悩まされているため、あらためてノートパソコンのディスプレイの高さを上げるためにキーボードを購入しました。Logicoolのワイヤレスで何と2,000円を切っている商品。あまりの使い心地の良さに、もっと早く購入しておけばと後悔。

イマドキの機能で、レシーバーも同期するとマウスとキーボードが一つのレシーバーで対応できちゃう優れもの!関心しました。

そしてもう一つの変化。

ひとりでゆったりと構える場所ができたため、文書類もかなり整理ができました。

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席に座ったままで、市議会関連の過去資料も取り出すことができます。

これまで分散して保管していたので、本当に劇的な環境変化となりました!

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北海道教育大学岩見沢校「地域プロジェクトⅠ」

平成28年10月23日投稿

一昨年の11月に北海道教育大学岩見沢校の「地域プロジェクトⅠ」という授業でお話をさせていただいたのですが、今年も久々にお招きをいただきました.

今年は全回とは大きく変更して、「岩見沢の地域アイデンティティ確立のための考察」というテーマで、岩見沢Civic Pride探求部で培ったものをベースに準備しました。

全回は90分を少し余してしまったので、パワポを111ページ用意して、時間を見ながら端折ってみようと思っております。

地域プロジェクトⅠ

ただ心配もいくつか・・。

岩見沢市内の地名や周辺の地名を言っても、ぱっと理解できる学生さんが何人いるかな?と思うと、少し丁寧に進めなくてはならないかな?というのが一点。もうひとつは、ここ4日間、体調が絶不調・・。

それでも昼夜行事が重なり、無理しっぱなしだったため、ここに来て症状が悪化しているような気がします。

発熱まではいかないものの、咳と鼻水と喉、寒気に苛まれ心身共にどんより。

病は気からという言葉もある通り、なんとか気合いを入れて復調をめざします(笑)

岩見沢赤電保存会発足しました。

《平成28年10月20日投稿》

10月14日(水)夜 鉄道の日に岩見沢赤電保存会が発足しました。

これは何をする会かと言うと、平成27年3月に廃止となった711系赤い電車を、どこにも保存する動きがないことを察知し、それは何とかしなければならないと行動を起こした「北海道鉄道観光資源研究会」の皆さんが、自費とクラウドファウンディング(話題となったREADYFORのページ)で集めた資金を下に、賛同いただき全面協力されたファームレストラン「大地のテラス」と連携し、保存・保全活動を展開してきました。

その赤い電車を「鉄道のまち」として地域アイデンティティを育んできた、地元岩見沢で関わる手段が必要ではないかとの主旨のもと、メインである北海道鉄道観光資源研究会の方々と大地のテラス、岩見沢在住の方々が6月に準備委員会を発足し、準備を重ねて10月14日に発足した会です。

私は、元々鉄道ファンの血は濃くないため、ある程度の外枠ができた後の6月にお誘いを受け、僭越ながら代表として受け入れていただいたという流れになります。

この賛同に至った経緯は、711系赤い電車は、日本初の量産近郊型交流電車であり、また徹底した耐寒耐雪機能を考慮した初の北海道向け電車であり、鉄道関係者にとってもとても貴重な電車であると同時に、この電車で通学をしていた、通勤をしていたという方があまりにも多く、その風貌も合わせ、特別な愛着を持っている人の多い価値の高い電車です。

そこで私の役割としては、生粋の鉄道ファンのみならず、青春の一幕や通勤のドラマなどを感じてくれているごく普通の方々とこの赤電車をつなぐ役割なのかな?という風に認識をしています。

具体的な活動としては、やっぱり保全になります。

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実は外装の塗装も、厳しい自然環境に晒されているため、剥離してボロボロになってきています。

この剥離や劣化を進行させないために、研究会の皆さん達が応急措置として塗装をしてくれたりしていましたが、いずれ大規模な改修も行いたい。そのためには資金が必要になってしまうため、岩見沢赤電保存会に入会していただいた方々の会費並びに寄付金等を貯めて対応していけたらと思っています。

したがって、現在、ツギハギの塗装でガッカリされた方もいるかもしれませんが、これは劣化の進行を留めるための応急措置であり、大規模改修を行うまでの我慢の姿ということをご理解いただければと思います。

そして私の目指す最大の効果としては、せっかの岩見沢。

北海道開拓以来、鉄路の拠点として栄え、日本でも有数の鉄道の町として認知された地域アイデンティティの復権です。

これは決して、今の岩見沢を鉄道のまちとして売り出していこうというわけではなく、過去に歩んできたまちの歴史に目を当て、その延長線上に次の岩見沢の価値を見出していこうとする「岩見沢CivicPride」の原点とも共通します。そのためにも一人でも多くの赤電ファンをつくるのも役割だろうと認識しています。

是非、賛同いただける方のご入会及びご寄付をお願いできたらと思っています。

その詳細は下記公式サイトをご覧下さい。

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http://iwamizawa711.com/


 

ちなみに、設立総会はこの赤電車の中で行われました。

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103と203という2両ある内の203は極力オリジナルを維持できるように努めています。そして103は座席等を全て取り払い、広いスペースとなっているため、この様に会議ができたりイベントスペースや展示スペースとして貸し出すことができるようになっています。

当日は大勢のマスコミの方々にも来ていただき、お陰様で広く告知していただくことができました。

 

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やっと地元としての器作りのきっかけとなる保存会が立ち上がったばかり、これから先の運営等も未知数のところが多くて不安なところもありますが、非情に熱い思いをもった方々が世話役会として集まってくれているので、楽しみながら乗り越えていきたいと思っております。

もちろん、まだまだ多くの仲間に力を貸してもらわなければなりません。

是非、多くの方々のご賛同をお願いいたします。

http://iwamizawa711.com/

新しい観光?

平成28年9月19日投稿

9月17日(金)の夜から、岩見沢青年会議所(JC)が姉妹締結をしている韓国のイクサンJCの現役とOB併せて10名が来岩していました。

私も2009年の岩見沢JC理事長時代に、このイクサンJCの式典に伺ったことがあり、その御縁で今回もOBの一人として様々な行動に同行させてもらう機会をいただきました。

言葉は通じなくとも過去に何度かあったことのある方々と過ごす時間は有意義で、韓国ならではのお酒の強さもあり、アルコールの力も借りつつ随分と充実した3日間を過ごさせていただきました。

その中で、現役メンバーが大変苦労して実施した設えの一つに、百餅まつりの「餅まき」を韓国の方々にやってもらうという企画がありました。

結果、イクサンの方々にとっては、この4日間で最も思いでに残るシーンとなった様です。

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(画像は(一社)岩見沢青年会議所FBページより拝借)

この時の韓国の方々の喜び様は凄いものだったらしく、翌日会った現役メンバーも新しい体験型観光に強烈な手応えを感じたようです。

そこで体験型観光のことを色々と調べてみると、この様なサイトがありました。

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https://trip-u.com/

サイトの中を色々と巡っていくと、興味深いものが沢山。
特に文化という面で見てみると、なかなかインパクトのあるものが揃ってます。
https://trip-u.com/genres/culture

これらに限らず、「岩見沢なら・・」と思考を巡らすと、それなりに需要のありそうな観光体験をつくれそうな気がします。

今回の百餅まつりの餅まき体験とか、冬の雪はね系とか、小グループをつくってみんなでアイデアを出し合えば、それなりに経済活動が伴うプランがいくつも出来そうな気がします。

そんな沢山の観光体験が揃ってしまえば、「迷ったら岩見沢に遊びに行こう!」的な空気感もつくれるかもしれません。こういうのは二番煎じではインパクトが遅いので、【観光体験天国岩見沢】を標榜できるだけのコンテンツを揃えたら行けそうな気がしますね。

赤平TANtanまつりから徒然に。

平成28年9月11日(日)

赤平市で行われていたTANtanまつりに行ってきました。

その目的は旧住友赤平炭鉱立抗の内部見学です。

 

赤平市は「炭鉱のまち」というのを前面に出してシティアイデンティティを確立していこうとしていると感じています。

赤平観光協会のwebサイトを見ても、その本気度が良くわかります。

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http://akabirakankoukyoukai.jp/history

 

この大きな立坑は住友赤平炭鉱として平成6年まで稼働していたもの。

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閉山後、有志がこれらの施設を後世に残していくために地道な活動を続けられ、2003年に「赤平コミュニティガイドクラブ”TANtan”」が立ち上がり、その後、着実に活動を継続しています。

今年7月「旧住友赤平炭鉱施設を無償譲渡 所有会社が赤平市と契約」という新聞記事を見た方も多いと思いますが、それらは全てこの様な地道な活動が実を結んで大きな一歩を踏み出したと確信しています。もちろん行政の連携・バックアップの成果でもあろうと思います。

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町会活動色々。

少しブログの更新が滞っている内に、私が住んでいる北3条町会でいくつか行事がありました。

お盆はもちろん「盆踊り」です。

我が町会は8月13、14日の開催です。

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この盆踊りにはそれなりに思い入れがあります。

私が30歳の時に町会の育成部長を任せていただき、様々に町会に関わるようになったのですが、それとほぼ同時期に青年会議所への入会があり、それまであまり関心を持たなかった「地域」というものがとても重要なことに気がつきました。

あの頃は町会も小さな子どもが少なく、育成部の行事をしても参加者はわずか。

それでも青年会議所で経験したことをフィードバックしながら活動していくうちに、新たな住宅街ができてきたラッキーと重なり、気がつけば大勢の子ども達が行事に参加してくれる様になりました。

その様な中、町会の盆踊りの実行委員会では「今年の盆踊りはどうしますか?やりますか?」という議論があり、自分の子どもの頃を思い出した時に、今の子ども達を盆踊りに参加した記憶が無い大人にしてはいけないのではないかという思いと、たまたま立ち上げから関わる機会があった「まちの大盆踊り」で大勢の人が来場している様を見て、絶対にニーズはあるのでやめてはならないと確信し、それまで大きな通りから奥まった場所でやっていたのを西10丁目の現在の場所に移すこととなって今に至っています。

またその頃、育成部の資金を稼ぐために屋台をやりたい旨を相談しても、子ども達にお金の授受をさせる事が馴染まないとして認められず、何とも切ない思いをしたことを覚えていますが、その数回のジャブがあってか、今ではかなり賑わいのある屋台を現行の育成部の方々が展開してくれています。

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そして、この場所に移動した時に、それまで町会外の大人の方が叩いていた太鼓を、何とか地域の子ども達でやらせたいという思いがあり、太鼓を高齢者福祉センターから借りる段取りをし、でも先生が見つからず・・。藁をもすがる思いで岩見沢民謡連合会の方に相談に行き、あまりのレベルの高さに一緒に見学に行った子ども達と肩を落としながら帰ってきたり・・。

結局、町会の中に太鼓を教えてくれるおばさんが見つかり、何とか頼んで即席の太鼓教室を開催してもらって当日へ。

そのような事も、すでに10年ぐらい前の出来事となりました。

しかしその流れは現在も続いており、この様に子ども達が太鼓を叩く姿を見ると、やっぱり感無量であります。

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思い起こせば、自分の子どもがまだ歩くこともままならない頃に始め、数年間太鼓を叩き、今年は小さな子にアドバイスをしてました。

何とも赤ちゃんだったのが、こうやって盆踊り用の投光器などを運ぶ助手に成長。

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時の経つのは早いものです。

でも、地域ってやっぱり良いです。


9月4日は町会の47回目の運動会でした。

数年前から総合体育館で行う様になり、天候の心配がいらなくなりました。

今年はひゃっぴー体操も取り入れられ、一段と華やかに♪

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相変わらず、かなりの参加者で地域の結束を感じます。

最後に行う玉入れ競技は班対抗。優勝班は1年間トロフィーを預かることになっていて、どこの班もかなり真剣に行うので盛り上がります。運動会前に集まって練習する班がいたり、若者の選抜で1軍メンバーを揃えたり(笑)

おかげでみんな顔見知りになっていきます。

運動会が終わった後は、班毎に打ち上げがあり、場合によっては夜も続行・・。本当に楽しめます。


9月10日

例年は岩見沢神社に合わせて15日に開催する「子ども樽御輿」ですが、平日だとどうしても参加者が減ってしまうため、今年から賛否両論ありながらも土曜日に実施することとなった模様。

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天候が心配でしたが、町会の道路を全て練り歩き、家の前からお賽銭をもらう流れになっているので、多少の雨であれば道路で御輿を待っている人がいるのでやめるわけにはいかないという流れ。

子ども達もあらためて、自分たちの地域の道路を歩き、色んなことを感じることでしょう。そして運営する役員さんたちや同行する保護者の方達も、このような行事があるから知ること、見えることが沢山あるはず。

何事も多様化する時代において、町会行事は面倒という考え方もあるかもしれませんが、私はやっぱり大事で尊いものだと思っています。

また来年も工夫しながら継続されていくことを願うし、それができるように支えていきたいと思っています。

くりさわ農業祭スケートパークイベントから徒然に。

平成28年8月28日(日)

色々なスケジュールの合間を見て、くりさわ農業祭に行ってきました。

その最大の目的はスケートパークのイベント。

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子ども達の育成を含め、スポーツの発展に力を注いでいる岩見沢出身の赤前吉明氏に声をかけていただいたこともあり、楽しく見学させてもらいました。

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2年前にもお誘いいただいて見学させてもらいましたが、小さな子ども達が大人に混じって一生懸命になっている様子を見ると、本当にスポーツって良いなと思えます。

14151847_1077991115603104_778701007_o特に近年は、多くの子ども達が部屋の中でスマホやゲームなどでバーチャルな刺激に浸かってしまいがちな事を考えると、このように身体を動かし、尚かつ「痛い」、「悔しい」などを通り越した先の「嬉しい」「もっと!」を体感している子達は、予測不能な将来の困難に負けずに、時代を切りひらいていく逞しさを身につけていくであろうと思うと、心強いと感じると共に、もっと多くの子ども達にこのように「真剣」になって「努力」して、それが「楽しく」なって、コミュニティの中に確固たる「居場所」をつくっていくことを経験していって欲しいと願うばかり。

あまり知られていませんが、このスケートパークは岩見沢の公園緑地環境課が管理しているもの。岩見沢市の担当課は、プレーパークへの関心や、このスケートパークを維持していることを含め非常にアンテナが高く、ありがたい環境をつくろうとしてくれています。あとは市民がどう協力して活用していけるかが重要なところであります。

今、時代は大きく変わろうとしていて、スポーツの世界でも多様化が加速化しています。学校教育の場においても、既存の部活動という括りだけで対応することに違和感が生じ始めています。すでに将来、スポーツで生計を立てていこうと思うと、部活動ではなく特化したジャンルで専門家していった方が可能性が高まると言われています。その後押しとして、学校教育の場ではあらゆるスポーツの根幹を共有し、転用可能な一般的運動能力やソフト面での開発・向上が求められているのかもしれません。

このスケートボードも東京オリンピックには正式競技として採用されることとなりました。

まさしく健全な精神と肉体をつくる環境は多様化してきています。

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これら熱中することはスポーツだけに留まらず、あらゆることに可能性があります。

今を生きる子ども達には、どんな事でも良いから「熱中」する環境を与えてあげられたらと思っています。

ただし、ゲームやインターネットに熱中するのは、脳科学の観点から、ちょっとオススメしかねますが・・・。

*熱中力に関するオススメのお話はこちらもご覧下さい。
https://hiranoyoshifumi.jp/2014/03/31/2877

小説「馬追原野」(辻村もと子著)を読んで

以前、岩見沢CivicPride探求部の中で、岩見澤「郷土かるた」を調べた時に、恥ずかしながら初めて知った「辻村もと子」さんと志文の開祖「辻村直四郎」さんの存在。

岩見澤郷土かるたを作った和田高明さんがお忙しい中、拙い下記動画を見てくれ、所有していた「馬追原野」の本を送ってくれました。本当にありがたいことです。しかし、どうせ読むなら集中して!と思うあまり、なかなかまとまった時間が取れず、このお盆休みにやっと読むことができたものです。

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「馬追原野」は、岩見沢の志文を開拓した、父、直四郎さんの日記を元にした小説。最初は長沼の馬追の開拓をし、いよいよ念願の自分の土地を岩見沢で手に入れ、さぁ、これから!!というところで小説は終わる。

文中に良く出てくる久樽(くったり)は栗丘。夕張道路は中央通り。幌向川にかかっている鉄橋とはアメリカ製のトラス鉄橋。他にもイメージできる場所が次々と出てくる。

 
もちろん開拓を志した中で巻き起こる様々なストーリーにも引き込まれる。

チュプンベツというアイヌ語の地名に志文という字をあてる。

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線路の灯2016から思う。

平成28年7月30日(土)

幌内線跡で行われるイベント、「線路の灯」に参加してきました。

これは過去数年連続して参加させていただいていますが、とても幻想的で美しく。また、北海道開拓からの背景を透かしてみると何ともノスタルジックでとても気に入っているイベントです。

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詳細は上の画像をクリックしていただけるとわかると思いますが、三笠幌内で採掘された石炭を運ぶため、岩見沢を経由し小樽の手宮まで、国内3番目の早さで敷かれた官営幌内鉄道をルーツとする旧幌内線の廃線跡、約2.5㎞にロウソクの灯りを灯すものです。

例年、なかなか設営から参加できず、非常に心苦しい思いをしていたのですが、今年は昼の12時から本イベント主催でもあるNPO法人炭鉱の記憶推進事業団の理事会があったため、連続して参加することができました。

冒頭の主催者挨拶(NPO法人炭鉱の記憶推進事業団 吉岡理事長)で、このイベントは大勢の人が訪れるのが目的で実施しているわけではない、過去の出来事を通し、事故にあって命を失ってしまった人々に対しての鎮魂の意味もある。言わば精霊流しのようなものと考えてもらえれば。。という意味合いのお話がありました。

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