〈令和2年7月8日投稿〉
■某月某日(日曜日)
朝から気合を入れて三笠→芦別→赤平→沼田→美唄と巡る作戦としました。これで残すは小樽のみとなる予定。
最初は三笠鉄道記念館を目指します。
(ここは数回入ったことがあるため、誠に心苦しいのですが行程を考慮しカードをもらうだけとした次第・・。)
次は三笠市立博物館へ。
〈令和2年7月7日投稿〉
安平の道の駅は、カードをもらったつい先日に立ち寄るも、時間短縮営業で内部は見られず。個人的には2019年7月に行って見学しているのですが、せっかくなので物凄くきれいに保管されているD-51を妻にも見せてみたかったこともあり、再度立ち寄ることに(実はソフトクリームが目的?)。
相変わらず、このピカピカに磨き上げられた動輪等可動部品は見事です。
〈令和2年7月7日投稿〉
その後、遅い昼食を取って気がつけば15時をまわっている状況。よって、この時点で当初の目論見だった夕張までは間に合わないことが判明するものの、何とか安平まではカードを貰っておきたい。
炭鉄港カードのチラシを見ると、幸いなことに安平の道の駅は18時までカードを貰える模様。安心して下道でゆっくりと走行。17時05分頃に現地へ到着!
しかし、道の駅の店舗入り口を見ると、何やら様子が・・・。
真ん中に看板をおいて封鎖されている・・・?
近づいて見てみると、新型コロナウイルス感染拡大防止の知事の要請により、営業を短縮し17時までとする旨が記載されている。
「えっ!」
〈令和2年7月7日投稿〉
「北星株式会社(旧三菱合資会社)〈むろらん100年建造物保存活用会〉」
この建物は大正4年に建てられたもの。石炭の積み出しなどを長年見守ってきた貴重な建築物で、一般社団法人 むろらん100年建造物保存活用会の皆様の努力で現在も現役として活用されています。
村田代表は札幌に出張中で、残念ながらお会いできず。
しかしスタッフの方からカードをいただく。4枚目!
とても趣があり、今度じっくり再訪したい建物です。
〈令和2年7月7日投稿〉
この度の豪雨による被害にあわれた皆様に心よりお見舞いを申し上げると共に、尊い命を落とされた方々に対しまして、深く哀悼の意を表します。
以前当ブログでもご紹介をした「炭鉄港カード」が順調の模様です!
そらち炭鉱の記憶マネジメントセンターでお伺いしても、土日には100名以上の方が訪れる様で、想像を大きく超える反響があるとのことです。
この日本遺産「炭鉄港」の良さは空知、小樽、室蘭とわずか約100キロ圏内に数多くの日本遺産が存在し、そのどれもがそれぞれに魅力ある物語を持っています。
わずか100キロ圏内。
言葉で言うのは簡単ですが、では本当にその箇所を巡ろうとするとどんなことになるのか。
当初は忙しさを理由に傍観するつもりでしたが、やはり炭鉄港の取り組みを応援する「北海道炭鉄港市町村議員連盟」の一員として、これは自ら行動し経験するのが必須であると考えを改め、いざ出陣モードに!
まずは岩見沢のそらち炭鉱の記憶マネジメントセンターで企画スタート直後にいただいた「岩見沢レールセンター」と「朝日駅」の2枚のカードを手元に準備。これで全23枚中、残り21枚となりました。
ちなみに、今回は妻(主運転手)と車大好き「ハチ吉」の2人+1頭での道中。
〈令和2年1月29日投稿〉
1月25日(土)13:30より、岩見沢自治体ネットワークセンター マルチメディアホールにて表記セミナー(NPO法人ほっかいどう学推進フォーラム主催)が開催されました。
記念すべき第1回目の開催となる今回において、その1つ目のセッションで発表させていただく機会に恵まれたものです。
(参加者は116名、そのうち教育関係者が半数、残りが官公庁やまちづくり関係者が占める状況で、本来であれば炭鉄港と言えば、第一人者であるNPO法人炭鉱の記憶推進事業団の吉岡理事長の出番でありましたが、室蘭での炭鉄港ガイド養成講座の講師としての先約があったため、私がピンチヒッター的に登壇させていただく機会をいただいたものです。)
発表する内容は、日本遺産に認定された〈炭鉄港〉の魅力についてであり、その中でも”空知こそが明治日本の原動力だ!”というお題を頂戴いたしましたので、それに沿った内容で準備をさせていただきました。
しかしながら発表時間は20分間。通常の様に60分や90分ではないため、徹底的に無駄を省き、どこか一つに的を絞ってお話しないと、結局何も伝わらないことに。