2月19日(火)18:30~
士別市において「できないをできる!に変える」と題して、木村俊昭氏のまちづくり講演会が開催されました。
以前、木村さんの講演が近隣であったのですが、その時はどうしても外せない別件があり、やむなく断念した経緯があり、今回は士別市で開催されるということで、友人で士別市会議員の渡辺氏を頼りに参加させていただきました。
話せば長くなるのですが・・・
私も理事として参加させていただいている、「炭鉱(やま)の記憶推進事業団」であります。その活動がよく新聞に記事として掲載されているのですが、今朝は珍しく酒井事務局長がデカデカと載っておりました(北海道新聞空知版) のでネタにします(笑)(いつもは「駅まる。」の総務部長でもある佐々木君が載ることが多いのですが・・。その話はまた後日。。)
記事の内容は上の画像をクリックして拡大して読んでいただきたいのですが、様々な取組を積極的に続け、今やかなりの手応えを感じるまでになっています。個人的にも、元々が産炭地の中心として発展してきた岩見沢の歴史等々を学ぶのに非常に恵まれた環境であります。
何より街中(駅近く)にこういった拠点があることにより、我々のまちづくり活動においても大いに助かるわけで、[いわみざわ駅まる。]においても、この場所をお借りして会議や例会を開催させていただいている次第です。
平成25年1月28日 19時~阿弥陀寺さんにて
ここ最近、北海道新聞さんやプレス空知さんにおいて記事にされております、東北復興支援のチャリティーコンサート「大空と大地の中で」の被災地視察報告会、並びに実行委員会が開催されました。
まずは内田代表より今回の被災地の復興状況を細かく説明があり、前回行った時に比べると相当変化があるものの、まだまだ復興にはほど遠い現実が伝えられました。
彼らの凄いところは、現地の人々の話をしっかりと聴き取ってくること。
女川町長さんや、日々新聞の担当の方などなど、前回訪れた時と同じ方々とお会いし、その変化を感じ取ってきているのが本物の情報をもたらせてくれる。
また、今回は新たに仮設住宅で暮らす方々にもふれ、日々の活動、そして本当に狭い仮設住宅の中の様子なども伺い知ることができた。
これらの様子は各小学校等でも報告会を開いてくれますし、希望があれば色々な集まり等でも対応できると思いますので、お気軽にお問い合わせいただければと思います。(阿弥陀寺の副住職さんが連絡窓口になっています。)
さて、
1月23日(水)
岩見沢青年会議所の現役メンバーで、教育系の副理事長のA山君(右)と委員長のT中君(左)が尋ねてきてくれました。
岩見沢市PTA連合会の会長として意見を聞きたいとのことでしたが、結果としては、懐かしいJC談義がほとんどだったかもしれません。あまり役には立たなかったと思いますが、こっちは大いに楽しかったです。
彼らも1年間という限られた役割の中で、様々な経験と人脈を手にし、その経験を元に実践の力を身につけていくのであります。岩見沢の教育(共育)が、どうあるべきかという柱で活躍していくことでしょう。
また遊びに来てください(笑)
この二人と連続で、今度は岩見沢4条通り商店街の若きエース、淳之介君が来てくれました。
発端は、私のFBを見て、岩見沢開基120年、市政60周年を記念してつくられた冊子を見てみたいというものでした。
平成25年1月22日(火)
しばらく乱雑になっていた身の回りを片付けていると、非常に懐かしいものがでてきました。
その中のひとつに「岩見沢のおいたちと発展の歴史」という、岩見沢開基120年、市政60周年を記念してつくられた冊子(真中一番手前)がありました。
Ⅰ 岩見沢(幌向)発祥と発展の歴史
Ⅱ 岩見沢への移住ーその理由と経路ー
・岩見沢の発祥と発展の歴史史料・資料
[岩見沢市史資料室]
どうしてこれを持っているかというと・・・