美流渡除雪ボランティアから徒然に(補足)

(1) (2) (3)と続けて記載した上で、最後に補足を追加させていただきます。

参考文献として、「豪雪過疎地域の除排雪における自助共助に関する人類学的研究Ⅱ」[小西信義著]を活用。より大まかな意味合いとして抜粋し、概略として転載します。


(概略転載開始)

美流渡は平成18年の合併で栗沢町から岩見沢市に編入されました。

この地域は明治期の採炭開始から平成元年の閉山まで85年間にわたる炭鉱の町で、最盛期には1万人以上がいた産炭地でした。

働き盛りの世代は炭鉱閉山と共に他の地域へと新天地を求めて移動し、現在の人口減少へと至りました。この状況は単なる人口減少ではなく、今後日本中の地方都市で訪れるであろう現象と同じで、生産年齢人口層の流出が著しいものであったと考えます。

結果現在は65歳以上の高齢化率が50%に限りなく近い状況で、その大半が年金受給者です。

2012年の2mを超す積雪を記録し、家屋の倒壊などがあった記録的な豪雪の際、それまで個々に対応していた除排雪作業に限界を感じ、町内会に援助をもとめる状況になった。

元来、社会の変化に基づき、個人(家庭)から集団(町内会)に幅を広げ、毎年の降雪積に適応してきており、「困った時はお互い様」というわかりやすい社会的規範の中、互恵的利他的主義を持ち、集団の利益を尊重しながら個人の利益を保ってきたという。それは、援助者と非援助者が同等の人間関係を維持しようとするやりとりの中で見出されたものであるが、深刻化する降雪積に対し、これまでの除排雪をめぐる自助・共助の行動戦略は機能しづらくなり、この行動戦略の基盤となる心の働き(互恵性の思考)も発動しづらくなった。

これまでの「互恵性」で成り立っていたものが、その地域内でのバランスが取れなくなり、更に大きな集団と互恵的関係を築いていかなくてはならない。

その更なる大きな集団が「自治体」であるか「NPO等」の民間団体かはわからないが・・。

(概略転載終了)


これはとても正しく、まさしくこう進んで行かざるを得ない。そしてそのためにどうしていくべきか。というステップを考える大きな指針になるべきものだと信じています。

しかし、一方で慎重に考えなければならない事として、地域内での互助機能がどうなっているのかの検証は不可欠かもしれません。

実際に、似たような環境で高齢者が約半分を占める地域であっても、地域内の互助機能が発達し、同じような状況を力強く乗り越えている地域も存在するのです。

この美流渡地区においても、65歳以上の高齢化が約半分とは言え、少なくともそこには半分の非高齢者が存在し、その方々の「互恵」の部分が何であるのか。そんな事も同時進行で考えて行かなくてはならないことと感じます。それはすなわち、もっと地域の力を高める方向を志し、その延長線上で「受援力」を期待し、地域を鍛えて受け入れる。そういうステップが実は大切なのかもしれないと感じるわけです。

実際に炭鉱閉山後にこの地に残った人々の思いは様々であろうと想像します。勿論、地域として自助、互助の精神で諸問題の解決に尽力してきた方も多くいれば、どうしても行政等に依存せざるを得ない環境下にいた人も少なくはないと感じます。

そのような中、現在、地域内における自助、互助で機能する地域システムが崩れつつある状況下、この除雪ボランティアにしても、美流渡地域全域という広い範囲を対応できることも、そして永続的に実施することも非現実的であろうと感じます。

現在は主催者が熱意を持って取り組むことができる環境があり、そして地域も町内会を主体とした組織構成で受け入れ態勢をつくることができている。しかし、そのどちらかに何らかの環境変化があれば、その継続は難しいと考えます。

また、「互恵的」という言葉が重要であり、支援する方が一方的なものになれば、それはすでに「依存」という言葉が当てはまるようになってしまうのかもしれないと危惧します。

今回の除雪ボランティアを通して見た地域とボランティアの関係&互恵性というものに対し、大いに可能性を感じた一人として、決して水を差すようなつもりはありません。是非、そう言った両面のバランスを取りながら自身の思考を高めていきたいと思っています。

考え過ぎかもしれませんが、一方的な支援は、もしかしたら地域を悪循環に陥らせる可能性も秘めているのかもしれません。

社会開発の定義において、「まちづくりとは、お腹を空かせた人に直接魚を与えるのではなく、釣り道具と釣り方を教えるべきである。」という様な言葉が存在します(決してそれと同じで考えるのが正しいわけではないと認識をしておりますが)。

きっと、私達はそういう事を大事にしつつ、バランス感覚に優れたジャッジを展開していかなければならないのだろうと感じた次第です。

しかし、このボランティアの力というのは自身、とても衝撃的とも言える、もの凄い可能性を秘めていて、これからの縮小、高齢社会においての大事なシステムの一つになると確信をしています。あとはその「互恵性」というものを含め、どう考えていくか。

また、地域においては、「お互い様」の概念をどこで見出していくべきかをじっくりと考えて行かなくてはならない。との思いを深めた次第です。

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