〈令和3年11月10日投稿〉
昨日のことですが、先日から3回にわたって岩見沢東部丘陵地域を学習してきた生徒さん達が、今年、育てた芋掘りなどの体験学習があり、その際、本授業に関わってきたJC関係者が中心となって、足湯や石炭を燃やして芋を焼くなど、とてもめずらしい授業にお招きいただきました。
中心となったのは、JC関係者でもこだわりの強い面々。

子ども達に足湯を経験させたいとなれば、朝からポンネ湯を汲みに行き、ドラム缶風呂もセット。
続きを読む〈令和3年11月10日投稿〉
昨日のことですが、先日から3回にわたって岩見沢東部丘陵地域を学習してきた生徒さん達が、今年、育てた芋掘りなどの体験学習があり、その際、本授業に関わってきたJC関係者が中心となって、足湯や石炭を燃やして芋を焼くなど、とてもめずらしい授業にお招きいただきました。
中心となったのは、JC関係者でもこだわりの強い面々。

子ども達に足湯を経験させたいとなれば、朝からポンネ湯を汲みに行き、ドラム缶風呂もセット。
続きを読む〈令和3年10月29日投稿〉
学校からのリクエストは「万字ズリ山登山を中心に炭鉄港と岩見沢の関わりを学びたい。」との意向。しかも朝一番から午前中一杯がフィールドワーク。午後から座学という長時間対応となります。
実はこの生徒さんたちは、7月にも岩見沢発祥の地公園でお話をさせてもらっています。
その後、そらち炭鉱の記憶マネジメントセンターにて、北口事務局長から駅周辺や石炭、岩見沢の最初の駅周辺の事等々をしっかりと学んだ後の今回のフィールドワーク。
しかしながら、当日は朝から生憎の雨模様。
雨雲レーダーは秋らしく、確認するたびに状況が変わります。
一応、バスの車窓見学等をメインとした雨天対応スケジュールも作成していましたが、行きのバスの中ではガラス窓が曇って、車窓から何か説明してもイマイチ反応が鈍い状況。
そこでまずは気分転換も兼ねてバスから降りれるようにと、予定を変更しポンネ湯温泉に行き先変更。

ここは屋根があるので、バスから降車して少し元気になった模様。
ポンネ湯の冷泉を出してみて臭いを嗅いだり、備え付けのファイルを見てどこの地域から汲みにきているのかなどなど、色々と興味を持ってくれます。
〈令和3年10月27日投稿〉
今年は小学校の授業で万字炭山森林公園(旧北炭万字炭鉱)のズリ山に登る機会が多いです。
とはいえ、授業だけでなく準備や下見もあるので、なんだかんだと今年は7回ぐらいになろうかと思います。
しかし上には上がいるもので、twitterでズリ山の投稿をしたときにコメントをいただいた方が、万字のズリ山が好きで、今年に入ってからだけですでに60回も登っているとのこと。
そのようなお話を聞いて、ぜひ、一度一緒に登りましょう!という流れになって暫し・・。
せっかくなので、他にも一緒に登る方を誘ってみましょう!ということで、まずは毛陽でメープルアクティビティセンターを運営しているホジャティさんご夫妻。元地域づくり推進員で朝日在住の上井氏、岩見沢市観光協会からどなたか来ませんか?というお誘いに乗ってきてくれた吉川氏、そして当日すでに67回を登られたmii500さんと私という6名体制です。他にも若干声掛けしたのですが、いざズリ山を登るとなると、ちょっとハードルが高い模様。
実際にはズリ山ゆえ、往復2時間もあれば十二分にクリアでき、熊出没の心配はあるものの今年は目撃情報なしで、このズリ山近辺にはあまり来ない模様。鈴や笛などを用意していけば、皆さん一人でも繰り返し登っているので、少し大人数で会話しながらならほぼ心配ないかと思います。
〈令和3年10月18日投稿〉
なかなか公に記載することをしなかったのですが、実は8月末を持って、これまで勤務していた会社を退職し、フリーランスとして活動をはじめました。当然議員活動が主となりますが、それに付随するものとして、炭鉄港等の地域資源にもっと関わりたいという思いや、他にもまちづくりの観点から、これまでやりたいと思いつつ時間が取れずに断念してきたこと等々、あらためて挑戦したい気持ちがあります。
現在はまだまだ海のものとも山のものともつかずと言った感じですが、少なくともこれまでよりは格段に学校教育等に関わる時間もできているし、ガイド等の活動も再開できそうな雰囲気です。
それらの地域活動のメインに据えるべきものとして、やはり日本遺産となった炭鉄港は外せません。しかしながら私自身、そんなに深くまで詳しいわけではなく、知識としてはまだこれからというのが正直なところです。
続きを読む〈令和3年10月8 日投稿〉
本年は例年より多くの学校に携わる機会をいただきました。
大きく2つの方向性がありますが、一つは岩見沢の歴史を知りたいというもの。もう一つは岩見沢と炭鉄港についての関係を知りたいというもの。傾向としては、小学校4年生では岩見沢の歴史を、5~6年生では日本遺産である炭鉄港を絡めてという感じになります。
岩見沢の歴史がベースの場合、駅周辺のフィールドワークがおすすめです。
今年、私が直接関わったのは2校ですが、共に駅や元町の初代駅舎のあたりを絡め、炭鉱の記憶マネジメントセンターとの動線でチェックポイントを設けるなどすれば、大人数の対応が可能です。ただし例年、青年会議所の有志やPTAなどの協力が不可欠になります。

そして炭鉄港を知ることがメインになる場合、おすすめなのは旧国鉄万字線沿線をめぐることです。
今年、最も時間をかけて炭鉄校の授業を行った学校では、午前9時半~12時ぐらいまでを3日間行いました。
子供達にとって、このズリ山登山は最高の経験になると思います。

〈令和3年10月15日投稿〉
緊急事態宣言が明け、少しずつではありますが以前の生活が戻りつつあるような気がします。とはいえ、まだ慎重に考えていくことが大切だとは思います。
さて、10月10日(日)は午前と午後の2回に分けて、岩見沢駅や岩見沢レールセンターのガイドを行いました。
午前は岩見沢市観光協会が事務局となっている、そらちワーケーション・テレワーク推進プロジェクトの一環で、北海道カメラ女子の会による「空知ワーケーションモニター&取材ツアー1泊2日」の1コンテンツとしての駅周辺ガイドでした。
参加者は約15名。
それぞれカメラを趣味とした女性やライターさんなどが主となり、空知、岩見沢周辺の様々な魅力を切り取っていくものですが、最終日には取材内容のまとめや発表がある本格的なもの。

この駅舎周辺ガイドは約1時間。
続きを読む〈令和3年10月7日投稿〉
誠に急なお話ですが、今週の日曜日に岩見沢駅周辺で「炭鉄港」モニターツアーを開催します。
詳細は下記画像をクリックしてください。

実はこの日の午前中は、駅を中心とした別のガイドツアーを実施予定で、午後からフリーになるので時間がもったいないと思っての企画です。というのも、実は週末はずっと予定が詰まっていて、日曜にこのような活動ができるのは、今年最初で最後になりそうな気配。よってちょっと無理をしての開催です。
とはいえ、あまりにも急な企画なので、何名の方が興味をもっていただけるかわかりませんが、最少催行人数1名から実施したいと思っています。
もし興味ありましたが、お問い合わせのメールアドレスにご連絡いただければ幸いです。
ただしコロナ禍を考慮し、先着15名様程度で締め切る予定となっておりますことをご了承ください。
〈令和3年9月12日投稿〉
今後、東部丘陵地域に関する授業対応が増えてくることから、NPO炭鉱の記憶推進事業団のスタッフさん達と下見に行ってきました。
まずは旧万字炭鉱ズリ山登山から。

生憎の雨模様でしたが、足元はばっちり。
しかしながら山頂はガスがかかって周囲は何も見えない状況・・。

この万字のズリ山は、管理棟から徒歩約20分でズリ山登り口の駐車場に行け、そこからゆっくりで25分ぐらいで登頂できます。帰りは横から下り森林の中を戻ってこれますが、ここの景色がまた最高です。
続きを読む〈令和3年9月9日投稿〉
6日に開会した議会も現在は議案調査のための休会日となっています。
その合間を縫って、昨日は市内某小学校のフィールドワークのお手伝いをしてきました。
実は昨年も同様の授業を行っていますが、その時に私が作成したスケジュール&内容を、本年は先生がブラッシュアップしてくれての開催となりました。
ただ通常であれば、このフィールドワークの後は、修学旅行で小樽の総合博物館に行き、関連の調査を進めるという取り組みをしていたものの、今年は緊急事態宣言によりそれが叶わなかった模様。学校現場も様々に苦慮している様子が見えました。
さて、授業の手法としては、今回も2組に分かれて3つのポイントを正順と逆順で巡るパターンとなります。
場所は駅舎+レールセンター⇒元町跨線橋(初代駅舎周辺)⇒そらち炭鉱の記憶推進事業団という3箇所です。

私の担当としては、最初は2組同時に駅前のメタセコイアの前で集合し、石炭やその素となったといわれるメタセコイアの話。その後2組に別れて、駅舎+レールセンターにて、岩見沢の生い立ちと鉄道の発展との関係、そしてレールセンターの解説を含め、炭鉄港との深いつながりをお話しました。

子どもたちは、この後、新聞をつくるとのことで、随分真剣に話を聞いてくれました。
駅周辺の目玉はやっぱり岩見沢レールセンターです。
この生徒さんたちは、たまたま数日前にも写生会でレールセンターを訪れており、詳細はわからないものの身近に感じてくれている状況でした。
この岩見沢レールセンターは1899年に作られ、明治期に岩見沢において北炭の本社が置かれ、北海道鉄道総合工場として発展してきた歴史を語る、現在唯一の現存物であり、その背景には炭鉄港のスタートアップになくてはならない薩摩との関わりが見えます。この場には沢山の人に知ってほしいストーリーが詰まっており、私自身、緊急事態宣言が解除されたら、ぜひ市民の皆様を対象に駅周辺ガイドツアーなどを企画してみようと思っています。

今回の授業では、そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター担当の北口事務局長さんが、緊急事態宣言下における対応に配慮し、内部での時間を縮小して外からの見学時間と解説を増やしての開催。相変わらずの上手な語りで小学生にも容易に理解できるお話を展開されてました。元町の跨線橋では、今回の授業の窓口となっている日浦氏が初代駅舎周辺と岩見沢村当初の街並みについて解説をしていただきました。
この炭鉄港に関することは、知れば知るほど可能性を感じるもの。
知識がなければ歴史というのは全く面白くないものですが、少しわかってくると、これまで見えなかったものが見えてくる不思議な魅力があります。ぜひ子どもたちには、岩見沢のことをもっと知ってもらって誇りを抱いていただきたいと思っています。そのために学校の先生達も凄く頑張ってくれています。
是非この動きを止めぬように私も努力したいと思っています。
〈令和3年8月24日投稿〉
本日の午前中、某小学校4年生の授業に行ってきました。
今回は2クラス同時で行うため、密を避けるためドアを開け放して換気の効いた体育館で開催です。
お話のタイトルは「岩見沢の歴史と炭鉄港」とし、開拓の状況からスタート。その後、岩見沢市が発展した炭鉱と鉄道の話をベースに、日本遺産となった炭鉄港のアウトラインも紹介しました。またそれにプラスして、この学区ならではの歴史的事象についても補足した次第です。

心配だったのは小学4年生にとって、この岩見沢の歴史をお話するには1コマではちょっと厳しい。
しかも北海道開拓の話をするには「明治維新」を避けて通れないし、炭鉱や炭鉄港を語るには「産業革命」が不可欠。これまでの経験上、6年生ぐらいだと比較的面白がってくれるけど4年生にはかなり難解。
それでもこれまでの反省を活かしつつ、より噛み砕いたお話になるように努力したのですが、私もまだまだ修行が足りなかったようで、残念ながら目を輝かせて最後まで聞いてくれていたのは半分ぐらいかな?という印象。他はどうしても頭に入らなくなってしまって、飽きてきてしまう様子が垣間見えた気がします。これは大いに反省事項で、現在の私にとって、この4年生への座学というのが物凄く高いハードルに感じています。さてどうしたものか。。
せめて先にフィールドワークで炭鉱の現場に触れたり、駅周辺を歩いたりできればまた違うかな?と振り返りをしているところですが、いずれにせよ今の学校現場はとても忙しく、先生達も他にやることが満載の中で地域の歴史や炭鉄港のことを調べるのは大変。よって少しでもお手伝いできればと考えていますが、重ね重ね、まずはこの4年生に対する座学が私の大きな課題になっているので、子どもたちのためにも、それを克服できるように頑張らねばなりません!(いかに大人向けに話すのが楽なことか痛感します。)
現在の修正方向としては、どうしても情報過多の傾向があるので、どれかをバッサリ切り捨てるのが必要と思っていますが、考えれば考えるほど、地域の歴史にとってどれも切り捨てることの難しいものばかり・・。いっそのこと2コマならゆっくり更に噛み砕けるのか?それとも1コマのままで情報量を劇的に落とすのかを考えなくてはなりません。まぁ、やはり1コマで情報量を落とすのが正しいのだろうと思うのですが。
なにはともあれ、なかなか学校の先生の様に上手に授業を行うことはできません。
本日も「まだまだ修行がたりないな・・・」と痛感中です。