中学校授業の事前現地調査

〈令和2年9月15日投稿〉

今日は本来であれば岩見沢神社祭りで、神社の周辺も露店が並んで賑やかな日だったはずですが、残念ながら新型コロナウイルスの影響で静かな秋祭りとなっています。

このコロナ禍は学校の授業にも大きな影響を及ぼし、総合的な学習の時間などはかなり苦心して設定されているものと思っています。

そのような中、昨年に引き続き市内のある中学校1年生の授業で、朝日・万字方面へ炭鉄港を学ぶ授業が行われることとなり、NPO法人炭鉱の記憶推進事業団にサポートの依頼がありました。

生徒はバス4台に分乗しての開催となるためガイド役も4名必要。よって私も応援参加の予定だったのですが、タイミングの悪いことに議会運営委員会と重なってしまい、ピンチヒッターとして街中での活動も忙しい前野氏(前野商店4代目、市PTA連合会顧問)にお願いさせていただきました。

彼は大学を出て地元に戻ってくるまでは歴史の専門家。よって、このようなガイドもちょっとしたコツをつかめばお手のものと思われます。

そこで今日はNPOの北口事務局長、酒井さん、そして前野君と私の4名で事前視察にいってきました。

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設定ルートを一つずつ丁寧に確認し、安全上問題がないか、また各ポイントでどのような話を紹介するかなど、それぞれの視点で情報交換し、ガイドの質が向上していきます。

上の画像は朝日駅舎の近くにある旧朝日炭鉱の抗口へとつながる連絡坑。

地元の方々が草刈りなどの整備もしてくれていて、安心して歩くことができました。

このように、ポイントごとに確認とすり合わせを行ってきたのですが、4人集まるとお互い知らないことなどもあり、ではそこに行ってみようか!となってきます。

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(↑)これは雑草で見えにくいですが、幌向ダムへ向かう道中、道路脇にある古い坑口らしきもの。前野氏が何かそれっぽいのがあるという話をしてくれ、では行ってみようとなった場所。傾斜も奥に行くに従い下がっているようなので、何らかの斜坑と思われますが、どうやって調べたら良いのか現在はノープラン。

(↓)こちらは私も気に入っているポイントの英橋(はなぶさばし)。

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昔の白黒の写真などでは大勢の人が行き交う様子が写っているのを見たことがあります。ジンギスカン鍋博物館の溝口館長曰く、子どものころは、この橋の下に通路があり、そこを通って学校に行っていたとのこと。この橋を見ると当時の賑わいが見えてくるような気がします。

私がこの英橋が結構気に入っているという話をしたところ、北口事務局長と酒井さんが巴橋もあるよね?ということで、早速向かうと、、。

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いつも通っている道道のすぐ脇にこのような旧巴橋がありました。私は今まで全く気がついておりませんで、今日の一番の収穫となりました。

鉄材もリベット打ちでつくられていて、H鋼をつくることができなかった時代のものだということがわかります。すぐ脇にある現在の新しい巴橋が昭和44年竣工となっていたので、この橋は一体何年前に作られたものなのか。

ぜひ今度調べてみたいと思います。

このように、岩見沢市内にはまだまだ知らない遺構があります。

その全てに物語があり、歩んできた歴史と人の生活がありました。

あらためてそういったものを知りたいと感じます。

炭鉄港が日本遺産認定されたおかげで、色々な動きが出てきています。

地域の歩みに目を向けることは、地域の未来を見つめることにつながるのだと信じています。

明日は青年会議所の事業で、鹿児島、小樽、室蘭をオンラインでつないだ授業が実施されます。私も少し出番がありますので、またここで報告したいと思います。

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