小説「馬追原野」(辻村もと子著)を読んで

以前、岩見沢CivicPride探求部の中で、岩見澤「郷土かるた」を調べた時に、恥ずかしながら初めて知った「辻村もと子」さんと志文の開祖「辻村直四郎」さんの存在。

岩見澤郷土かるたを作った和田高明さんがお忙しい中、拙い下記動画を見てくれ、所有していた「馬追原野」の本を送ってくれました。本当にありがたいことです。しかし、どうせ読むなら集中して!と思うあまり、なかなかまとまった時間が取れず、このお盆休みにやっと読むことができたものです。

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「馬追原野」は、岩見沢の志文を開拓した、父、直四郎さんの日記を元にした小説。最初は長沼の馬追の開拓をし、いよいよ念願の自分の土地を岩見沢で手に入れ、さぁ、これから!!というところで小説は終わる。

文中に良く出てくる久樽(くったる)は栗丘。夕張道路は中央通り。幌向川にかかっている鉄橋とはアメリカ製のトラス鉄橋。他にもイメージできる場所が次々と出てくる。

 
もちろん開拓を志した中で巻き起こる様々なストーリーにも引き込まれる。

チュプンベツというアイヌ語の地名に志文という字をあてる。

母、「あなたは土に志したはずなのに?」
父、「いや俺達の子供に、ひとりぐらいは文に志すものができるかもしれない」

 
という本書に共に収録された母をモデルとした短編作品「早春箋」中の台詞の通り、娘の元子がこの「馬追原野」で第1回樋口一葉賞を受賞して作家として成功をしていく。

恥ずかしながら、シビックプライド探求部を始めてから初めて知った、この辻村もと子さんと小説「馬追原野」の存在と凄さ。

あらためて現存する、直四郎さんが意図的に残された住居廻りの原生林の価値に気づかされる。これらにはとんでもないポテンシャルが潜んでいると信じている。

願わくば、志文を開拓する様子、その後アメリカに渡るエピソード。また、岩見沢が開けていく様子。それらを辻村もと子さんの言葉で綴った続きが読みたかった。

 
原作は昭和17年の発表。もと子さんは昭和21年、40歳の時に志半ばで岩見沢市立病院にてご逝去。恐らく健康であれば、第2部、第3部と続いていく内容だったことが想像できるだけに、非常に残念でなりません。

今回読めたのは、昭和47年に長沼町開基90年を機に有志により翻刻出版されたもの。現代かなづかいになおされているため、私でもすらすらと読めてありがたかった。

あらためて、これらの背景をもっと知りたくなった。そして今、有志の方々がこのもと子さんが残した膨大な資料を整理し始めたと聞いています。その整理された資料を元に、これまで表に出ていないことも沢山日の目を見ることになると期待しています。

これらは、岩見沢が歩んできた歴史の中で、絶対に外すことの出来ない記録。キチンと整理して発信できれば、ドラマや映画になってもおかしくないほどの素晴らしい内容です。そんな事も考えつつ、今後の活動に繋げていきたいと思っています。

 

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*今なお志文に現存する辻村直四郎さんの家(辻村もと子さんの生家)

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*直四郎さんが意図的に後世に残した住宅周囲の1町5反の原生林

 

*インターネット上で、アメリカ製トラス鉄橋の事が一番良くわかる資料はこれだと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=gyImyG-LH0A

 

*「馬追原野」を紐解いた勉強会の様子
https://www.youtube.com/watch?v=8x8mQJ4qfqY

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