〈令和4年10月25日投稿〉
22日(土)、多くの皆様のご協力をいただき、無事に3週連続のガイド役を終えることができました。
最後となった【室蘭線に乗って志文ぷらぷら ~大正浪漫と万字線の名残にふれる~】に関しては、前半の辻村家に関してのみではありますが、北海道新聞空知版にて大きく掲載していただけました。
残念ながら紙面に私の名前はありませんが(画像だけは説明している風の私の姿が)、辻村家の存在は広く知っていただけたのではないかと思います。
この辻村家の魅力に関しては、後日、あらためて詳しくご紹介できたらと考えています(ここ数年の辻村家資料研究会の皆様の努力よって、随分と色々なことがわかり、情報がアップグレードされました。その中の一つには、今回の新聞記事内では「芥川賞候補にも・・・」云々という記載がありますが、実はこの年は戦禍がひどく、芥川賞自体は候補作品すら選ばれていないことも判明しています。しかし開催されていれば、確実だったというその筋の間違いのない見立てであった模様。)
他にも原生林と言われていた屋敷林の経緯や、膨大なガラス乾板の写真等々、あらためてその価値を知ることができています。
その今回のぷらぷらガイドの準備の模様はこちら!
辻村家の魅力に迫る詳細については、しつこいながら、ぜひ別の機会に紹介したいと思っています!
さて、今回はそらち炭鉱の記憶マネジメントセンターに集合し、簡単に概略をお話した後、参加者総勢18名にてJR室蘭線に乗車。
駅を出発し車内では、今回私自身大きなエネルギーを投入して作成した、辻村家のアウトラインがわかるガイドブックを予習として熟読していただきながら、尚且つ、大操車場の跡をちらりと説明しつつ室蘭本線に入っていき、あっという間に志文駅へ。
そこから徒歩で辻村邸に向かうのですが、歩きながら見えてくる鬱蒼と茂る林が個人の屋敷林というのに一同感心。
周辺にある辻村直四郎さんを称える石碑等も見学しつつ屋敷林の中を進み、そして邸宅の中へ。
残念ながら私は全体を通してのガイド役だったので、写真撮影がほぼできていなく、その情景は紹介できないのですが、辻村家資料研究会の村田先生や黒井氏にプロとしての説明をいただき、またお菓子のグランマヨシエとしても有名な辻村淑恵さんにも種々お話をいただき、参加者一同、とても貴重な見学をさせていただきました。
この場をお借りして、お世話になりましたことに感謝申し上げます。
その後、再度志文駅を目指して屋敷林を出発。
その後は志文駅の最盛期の航空写真等を比べながら駅構内の在りし日の様子を想像し、そこから200mほど南にあったと言われる「志文ー美流渡間の馬鉄駅」付近を散策。
その後、万字線の跡として残る「鉄橋橋桁」を遠くから眺め、踏切跡を確認し、志文駅から上志文へ向かう急なカーブの形跡を耕成跨線橋から見学する行程。
歩行距離は4.3km!
帰りは最後の耕成跨線橋のすぐ近くのバス停から岩見沢ターミナルへ
余談ではありますが、9月にバスに乗る方法は予習していたので、今回はスムースに乗車することができました。
今回は通常のまち歩きと異なり、往復公共交通機関を利用するプランだったことから、時間配分の難易度が高めでした。大人数で歩くことによる想定外の時間経過だったり、お手洗いポイントが少ないがゆえの難しさだったり、最後は各所の見学する時間配分などを調整しながらの道中でしたが、何とかオンタイムで帰ってくることができました。
ただ、今回は「室蘭線乗車」、「辻村家」、「国鉄万字線跡」とテーマを詰め込みすぎた感があるので、今後はもう少し余裕をもったプランを作ってみたいと思ってます。
いよいよコロナも落ち着いてきて、岩見沢シビックプライド探究部の活動も再開したいと考えています。
コロナ禍に色々とパワーアップしている部分もありますので、ぜひ何かの折にはご参加いただければ幸いです。