地域ガイド育成研修会 樺戸道路を活用した観光周遊ルートづくり

〈平成30年2月26日投稿〉

平成30年2月24日(土)午後 そらち炭鉱の記憶マネジメントセンターにて、樺戸道路を活用した観光周遊ルートづくり協議会による、地域ガイド育成研修会が行われました。

この樺戸道路はこちらの動画も好評ですが、北海道開拓を担った囚人にスポットをあてたものでもあります。

https://www.youtube.com/watch?v=G8KdTB4Lv9c&feature=youtu.be

 

第一部は前月形町長で月形樺戸博物館名誉館長でもある桜庭誠二氏の講演。第二部としてNPO法人 炭鉱の記憶推進事業団理事長の吉岡宏高氏の講演が行われました。

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この樺戸道路は、現在の北海道道275号月形峰延線のこと。

 

現在の国道12号線の開さくに先立ち、月形の樺戸集治監と三笠の空知集治監とを結ぶ道路になります。

この道路ができるまでは月形から三笠に行くにも一度船で江別太周辺まで下り、そこから陸路で三笠を目指す長く厳しい道程だったと言われています。

しかし囚人が道路開さく等の北海道開発の根幹を担うようになったことから、まずはその礎となる道路づくりが行われることに。それが両集治監を繋ぐ、この樺戸道路でした。

その道路開さくの壮絶さは、〈赤い人(吉村昭著〉の一節を転載させていただくと・・


***以下転載(飛び飛びで抜粋しています)***

 

明治20年 月形村から空知監獄署までの峰延道4里の道路開さく

しかしこの地は、沼の多い泥炭湿地帯で、蔦類の絡みついた樹木、熊笹の密集等、山野の歩き慣れた漁師も足を踏み入れない土地。

路線を定めるために、樺戸監獄西北の円山で狼煙をあげ、峰延の達布山でも煙をたちのぼらせる。それを目標に測量竿が立てられるが、器具を手にした測量師も竿をかついで移動する囚人たちも、腿のあたりまで水につかり、竿は土の奥深く入り込んだ。

測量師たちは意見を交わしあい、小舟にのって測量をすすめることに定めた。二人ずつ鎖で繋がれた囚人たちは、水につかりながら小舟を押してゆく。達布山に狼煙があがると、円山の狼煙との線上に小舟を浮かべ、測量師の指示で囚人たちは竿を立て、長い杭を打ち込む。杭は深く食いこみ、わずかに頭部を水面にのぞかせているだけであった。小舟の上には看守が立って、囚人たちに視線を注ぎ、銃口を向けていた。

一町ほどの距離に測量杭の打ち込みが終わったころ、道路敷設方法について検討会が開かれた。それまで監獄署周辺の池・沼を埋め立てた折には、土石を投げ込むだけで十分であったが、泥炭湿地帯には効果が望めず、それらを投じても泥地は土石を呑み込むだけで、人馬を支える道ができるはずはなかった。

協議を重ねた結果、一条の長い橋梁を峰延まで架けるように伐採した巨木を敷き並べ、杭に固縛してその上に土を盛り、更に石狩川の砂利を敷き詰める以外に方法はないという結論に達した。

冬期間、囚人たちは逃走防止の連鎖をほどこされ、まさかりをふるい、凍った石狩川の対岸に木材を運んだ。

翌春からの道路敷設には、巨木が鉄道の枕木の様に並べられていた。工事担当技師の発案で敷設路の傍らに運河状の溝が掘られていたが、それは排水溝の役目を果たすと共に小舟の往来をも可能にしていた。囚人たちは木材を運河に引き入れ、綱を結びつけて牽いていく。彼らの中には鉄丸を足首にくくりつけられた者も多くまじっていた。

秋色が濃くなり峰延道に敷き並べられた木材は一直線にのび、土が盛られて砂利もまかれていた。こうして4里におよぶ峰延への泥炭地にようやく直線道路が完成した。

 

**転載終わり**

吉村昭著:赤い人
是非読んでみてください。


この樺戸道路は、今の綺麗に整備された舗装道路を車で走ると、なんの変哲もない普通の道道ですが、歴史を紐解くとこのような囚人の苦労の上に存在してることに気づけます。また、途中で道路が折れている理由、その交点からの狼煙の風景などを想像すると、様々に情景が浮かんできます。

 

この私達の住む空知は、ピーク時には87万人の人口を誇り、現在は30万人を切るという切実で急激な栄枯衰退の歴史があります。

現在、日本中が人口減少や高齢化等で活力を失いつつある時代におてい、そこからの再生に大きな可能性を秘めているのが、この日本近代史だと思っています。

炭鉄港の取組も北海道開拓と密接にリンクし、これは遡れば生麦事件などの幕末に繋がり、明治維新以降もそれらの要人を始めとし、藩閥関係を知ることで新たに見えてくるものがあるのだと感じています。

ちょっと難しい側面もあるのですが、私達はやはり知っていなければならないのだと思います。

その入口の一つとして、この樺戸道路の背景を多くの方々と共有できることを期待しているところです。

是非、強く興味を持っていただければ幸いです。

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