産炭地域活性化フォーラム〈メモ〉

平成27年9月3日

北海道空知総合振興局主催で、産炭地域活性化フォーラムが開催されました。その様子はこちらをご覧下さい。

http://yamasoratan.blog62.fc2.com/blog-entry-2023.html

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6月の一般質問でも若干関連する内容とさせていただいていたこともあり、この開催は非常に楽しみにしておりました。

せっかくなので、自分用にメモしたものを差し障り無さそうな範囲で公開しておきます。


[第2部トークセッション]

【吉岡(コーディネーター)】 久田さんは今から12年ぐらい前に道新岩見沢総局にいた。当時、道新で炭鉱の記事をシリーズ化。

【久田(北海道新聞社)】 当時の努力がじわじわと効いてきた。炭鉱遺産散歩というシリーズで100の遺産を歩いてつくった本がある。赤平のヒストリー会議に合わせて出版。当時は本当に盛り上がりが期待できなかった。今はこの盛りあがり方に関して感無量。

当時はまずは記憶を掘り起こそうという事業だった。今はひょっとしたら世界遺産へ?というぐらいの勢いがある。

【吉岡】 第一部では廻りの環境の変化について聞いた。世の中が変わってきている中で、観光の世界も変わってきている。ヘリテージなど。

【石森(北海道博物館館長)】 観光が大きく変わってきている。私は60歳で初めて北海道へ来た。20年前、2010年代にアジアで観光ビッグバンが起きると予測した。現在はまさにその通りになってきている。

一方で日本人の国内観光は低迷している。21世紀の観光は自立的なものになる。旅行、宿泊、輸送業がこれまでの観光の主軸。インターネットにより旅行する人は自ら情報を得て動けるようになってきた~自立的観光→地域もそれに対応せねばならない。今はまだこれまでの御三家に頼っている。だから国内観光は低迷しているのだ。そのような中で産炭地域、産業遺産、素晴らしいストーリーがある。

【吉岡】 自立的というキーワード、また片方で地域が自分たちのネタ~打ち出しがないと地域に来てくれないという事実。しかし、世界にはコンテンツが溢れている。だから目印は必要。それが世界遺産、日本遺産等はどの様な価値をもつか。空知や炭鉄港はどう影響しうるか。

【石森】 ユネスコの世界遺産~強烈。観光過多が起きうる。しかし非常に効果的。日本遺産は北海道、東北はゼロ。単に選定基準の前提条件に該当しがたい。遺産登録の前に、北海道の地には北海道遺産がある。自分はNPO北海道遺産の会長をしている。この北海道において、次の世代に引き継ぐべくもの。現在52件。自然、歴史、文化、生活環境~有形無形の財産を道民参加で選んだもの。遺産は過去のものというイメージ。しかし北海道の未来をつくる資産である。空知炭鉱生活文化と関連遺産も入っている。

これらは単体として選んでいるが、ストーリー性を持った有形無形のものをつないでいくかも求められている。炭鉄港のストーリーも十分に日本遺産を狙えるものだと思っている。

江差町も日本遺産登録に向けて頑張っている。北海道asナンバーワン。道産子はこの価値に気がついていない。52の単体の北海道遺産では心許ないので、ストーリー性でつないでいけるシリアル性を持たせることは重要。検討しているところである。

【吉岡】 北海道遺産→日本遺産→世界遺産で三冠王(笑)

有形無形という中で、ストーリーで相乗効果を高めていき、価値観を共有していく、モノではなくコトをどう組み合わせるか。この地域にどんな可能性があるか?

【久田】 産業遺産はモノだけではない。歴史的事実と意義があれば遺産になりうるということを教えてもらった。ではこの空知にはどのような歴史的意義があるのか。九州と北海道を比べる。産業、農業等々の急速な近代化というのは他に類はない。農業も世界から視察がくるが、どうして僅かの期間で農業王国になったのか?を知りたくてくる。札幌ビールもそう。このスピードは近代化遺産の重要なキーワードになりうる。では、空知はどうなのか?端的にいえば、日本の炭鉱といえば空知である。明治時代は九州から始まった、しかし、北海道が開発されると生産量は日本一になる(73~99年)。

炭鉱の歴史=空知を抜くことはできない。

戦後の日本の高度経済成長を支えたのは、空知の石炭。空知のアイデンティティになりうる。

【吉岡】 明治の近代化から戦時、戦後、北海道空知で50% (一時は60%)のシェアを持つ。

【島津(㈱島津興業社長)】 物が残っているのは羨ましい。鹿児島は薩英戦争でイギリスに壊されたり。西南戦争は集成館の取り合い的な意味合いもあるので、壊滅。古文書でしか残っていない。

空知は生産現場で働いていた方がまだ元気、人も物も残っている。

【吉岡】 古文書は偉い人の話ししか残っていない。空知は一般の人の話しが聞ける。

空知にどういう価値があるか?視点を変えていかなくてはならないが、北海道は歴史がないという言葉を聞く。逆にいうと100年でここまでやっちゃったという物凄いスピード感。本州のように歴史の積み重ねがないだけに、短い期間で一気に知ることができる。1960年まで大成功した後、大失敗をしていく。

我を知るというために何をしたらよいか。まずは観光、ミュージアム。今はミュージアムもただ陳列するだけではダメ?

【石森】 博物館(ミュージアム)漢字で書くと、学芸員がいて・・・。しかし、エコミュージアムだと建物が要らない。学芸員はいらない。地域には賢者がいる。その一人ひとりが学芸員で良い。高知県には砂浜美術館がある。~建物はいらん。この砂浜こそが美術館という発想。くじらが館長。北海道博物館、学芸員30人、とても恵まれている。炭鉱の記憶推進事業団がやっていることはまさしくミュージアムとして機能しつつある。

北海道の未来を考えた時、決して明るいものではない。幸福度指数47都道府県でワースト5。だけど道民が価値を安売りせず!

縄文文化は北海道、東北。

炭鉱も日本に多大な貢献をした地域。

人とお金を絡めながら、どのように育んでいくか。沢山の人にファンになってもらわなければならない。今は多様性。簡単なことではないが、やるべき。

【吉岡】 ミュージアム~守って展示というスタイルから変化している。夕張では石炭博物館を中心にまちの価値を高めようとしている。

【鈴木夕張市長】 夕張市は全道で最も人口減少率が高い。課題を希望に変えて乗り越えていこうと考えている。空知も振興局単位でいけば道内で最も人口減少率が高い。

世界遺産、日本遺産という話し、財産を大事にする機運。

人口減少~とんがっているのは武器。人口減少が最も大きい地域ということは、全国に散っている人が最も多い。

企業版ふるさと納税が導入されるかもしれない。そうなるとCSRとして貢献する企業が現れる。産炭地で芽生え、現在他の地域で頑張っている企業も多いはず。会社としても思うところはあるはず。北海道、人口減少、チャンス!

情報発信も一番でなければ価値は下がる。先手。

道としても産炭地施策に切り替わっていく。魅力があるのはわかってきている。ではどうやってやていくか。という中で経済的にも重要。

【吉岡】 高橋美唄市長とルール工業地帯に一緒に行ってきた。ちょうど現地で鈴木市長の話したようなふるさと納税の話しをしてきた。10年前では考えられないことであるが、

【高橋美唄市長】 映像でドイツに行った時の状況が流れる。美唄の観光担当者(佐藤氏)も同行~映像が撮れた。

8月10日~14日まで、約2日半回った。7万歩。ズリ山にモニュメント。炭鉱遺産を見ながらそれぞれにテーマがあってミュージアムになっている。この地域は山がない。全て平野。ぽこぽこと山があるが、それはすべてズリ山。見る、体験させる。そんな学びを地域で進めている。空知でも必要。

地域、歴史も不幸な事件がある。そこに住んでいる方々のたゆまぬ努力。

住宅なども一つひとつを大事にしている。地域に誇りを持っている。アイデンティティなくして地域の再生はない。新しいものをつくるのではなく、あるものにどうストーリーをつけていくか。それをどう発信していくのか。

あるものを保存するという観点、朽ち果てていく様子を大事にするという観点。

見守り保存という考え方も重要。

空知、北海道全体でまとまりを持って、地域の誇りに繋がていくことが大事。行動発信が大事!

【吉岡】 赤平市長~眠れる大器。最後まで炭鉱が営業していたところ。ものも残っている。

【菊島赤平市長】 今年の5月から新市長になった。人生の中で石炭産業は深い関わりがある。露頭とブレンドしながら北電に納入する仕事をしていた。大正7年から石炭の街。昭和35年人口5万9千人。30年台後半から衰退。最後の炭鉱~平成6年に幕を閉じた。住友。

日本の国のエネルギーを支えてきたのは、産炭地、赤平の市民にとっても誇りである。これを継承していきたい。過去、国際鉱山ヒストリー会議で世界中から赤平に来て、炭鉱遺産の重要性を認識する機会を得た。Tantanもある。小学校の授業でも副読本で炭鉱の歴史を継承。日本一のズリ山。小学校の授業でも階段を登る。更に鈴井貴之~ズリ山階段でギネスチャレンジがテレビ放映。赤平の象徴となってきた。市民団体と行政が連携して機運が高まっている。設備は世界に誇れる炭鉱遺産。民間所有、現在事務所の閉鎖により制限されている。植松電気も市内にある。1万人を超える生徒が来る。連携していきたい。地方創生、新幹線、世界遺産、追い風である。一市町村では難しい。連携していきたい。世界遺産登録も夢ではない。炭鉱遺産に対する思いが強くなった。

ふるさと納税~炭鉱から出て行った人は物凄い数。努力すれば実を結ぶ。その半分は炭鉱遺産を残す費用にしたい。情報発信~空知を巡ってもらう。空知全域で作戦を考えたい。

【吉岡】 色んな仕組みが出来そうな雰囲気になってきた。

【石森】 市長の話しを聞いた。北海道博物館も地域の貢献は少なかった、これからは道民に愛される博物館にしたい。

【久田】 お金がかからないで、一人ひとりでできることは沢山ある。遺産はモノだけではない。コトである。三笠の盆おどりなども炭鉱遺産。なんこう鍋、ガタタン、モツ焼き鳥、炭鉱遺産である。自分たちの市町村だけではなく、空知全体でのアイデンティティ。空知の炭鉱遺産と生活文化という意味あい。

薩摩に興味がある。黒田清隆をはじめ、主要なところは薩摩藩の人が関わっている。世界遺産をとった薩摩が北海道開拓をリードしていた。北海道がお世話になっただけではなく、斉彬~蝦夷は宝~こんぶ、かずのこ、にしん、昆布は北前船、富山薬売り~関門海峡で戻るのが普通だが、一軍は薩摩まで行く。琉球から清まで貿易をしていた。これが膨大な富を得た。

【島津】 世界遺産の推薦書は曖昧なものを明確にする。空知はやりやすそう。先人たちが國を作り替えたいというエネルギーが原点、北海道にはそれがある。立体感のあるストーリー。

【高橋】 色々と聞いた。大きくしていきたい。情報の発信。2~3年後には炭鉱サミットを開催すべきと思っている。この盛り上がりを結び付けてほしい。

【吉岡】 地域に誇りなくして地域再生はない。自分たちの街の価値はなんだ?それを考えた時に「人に教えてもらう(観光)」「自分から知る(ミュージアム)」

誇りだけでは食べていけない。富を産んでいく仕組み。やり方をタイミングよく打ち出していくことが大事。方向性を失わない目印として日本遺産や世界遺産はありかもしれない。

鹿児島から津島さんが来ている。すでに130年以上前に薩摩がやってきたこと。実践をやらないことには次はない。実践を伴いながら次に進む。

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ごく一部のメモですが、非常に感銘を受ける内容でした。

この後、場所を石蔵に移して懇親会が開催されました。

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これまで炭鉱というのは暗いイメージであったものが、近年大きくその存在価値を高めつつあります。

明治近代化から始まり、国力増強のために国中のエネルギーの大半を産出していたのが、この空知地方でした。

わずか130年ぐらいの時間の中で、一気に隆盛を極め、そして一気に萎んでいった。

それに絡まる薩摩藩や北海道開拓のストーリー。もう少しわかりやすく整理していけば、それは私たちの誇りになりうるものです。

是非ともエコミュージアムを始めとし、様々なチャレンジをしてみたいと思います。

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