〈令和8年10月18日投稿〉
この度、16日(土)に三笠市において研修と総会。翌日17日(日)に月形樺戸博物館にて研修が開催されました。
土曜日の三笠は「三笠市立博物館の屋外エリア」→「奔別炭鉱後」→「新幌内炭鉱坑口」などを、地元の青木議員のガイドで巡り、その後、総会と懇親会という流れになりました。

(画像は三笠市立博物館の屋外エリアにある旧北炭幾春別炭鉱の錦立坑で、北海道内に現存する最古の立坑櫓です)
この北海道「炭鉄港」市町村議員連盟は、現在関連各地から104名が加盟しています。もともとは日本遺産の認定に向けた後押しをするのが目的でしたが、日本遺産認定がなされてからは、それぞれの知見を深め、今後の展開にコミットしていくことが主目的となります。
私は2代目会長(現在は4代目として赤平市議会の竹村議員が尽力中)ですが、ただ今の立場は、炭鉄港にもっとも関わっていることもあり、相談役として議連の活動に関わっています。
翌日は月形町にて、つい先日も炭鉄港3-DAYS Weekender 2026でスポットを当てた樺戸道路と関連の深い、月形樺戸博物館へ。
ボランティアのガイドさんの案内もいただき、90分間じっくりと勉強させてもらいました。
(実は先日、一人でじっくり2時間見学してきましたが、幕末から明治維新の動きとの関連と、現存する資料群など、この博物館は本当に貴重だと思っています。)

炭鉄港と集治監、囚人にどんな関連が?という疑問もあるかもしれませんが、北海道最初の近代炭鉱である幌内炭鉱が開かれたのが明治12年、その周辺のインフラ整備に尽力したのが明治14年に開庁した「樺戸集治監」、そして幌内炭鉱で直接採炭に従事したのが、明治15年に開庁した「空知集治監」となり、それぞれ、農地、治水、道路等々を含め、明治初期の北海道開拓と産業革命になくてはならい功績をもたらしてくれています。
そのあたりは、ぜひ、こちらの動画を第1話からご覧頂ければ、この地域の歴史の礎として、重要な存在だったことがわかっていただけると思います。
この動画は、岩見沢市、月形町、三笠市、美唄市の4市町で連携し、地域の歴史を掘り起こすプロセス等も紹介しています。
いずれにせよ、炭鉄港は日本遺産になったから地域になにかをもたらしてくれるわけではなく、それぞれの市町の「点」としての魅力を高めることで、初めて炭鉄港地域全体の価値向上に繋がるのであり、そのためには各市町がプレイヤーを育て持続可能な魅力の向上に務めること、さらにはそれぞれの市町で抱え込むことなく、互恵性の関係を高めていくことが必要です。
ただ、そういうのは行政は苦手な分野だと感じています。
だからこそ、議員の動きが必要になってくると信じていますし、その一歩がこの議員連盟から広がっていくことを期待しています。