式典〈北海道消防大会&岩見沢青年会議所70周年〉

〈令和8年8月30日投稿〉

昨日、29日(土)は午前と夕方で2つの式典に参加してきました。

午前中は〈第78回 北海道消防大会〉で、岩見沢市で開催されました。

この式典は消防らしく、とても規律が整っていて、格調高い式典でした。

今年は、熊本地震をはじめ、千葉県や石川県など各地で豪雨による大きな災害が相次いでおり、来賓等の挨拶でも繰り返し述べられておられました。あらためて、私からも消防職団員をはじめとする方々への敬意と感謝の意を表させていただきます。


その後は、岩見沢青年会議所の創立70周年でした。

1956年に設立された岩見沢JCも多くの会員の継続の結果、今なお、40歳以下の青年と言われる世代が研鑽する器として機能しているのは素晴らしいことと感じています。

私自身、この青年会議所で過ごした30歳から40歳までの10年間がなければ、今は全く違う人生を歩んでいることと思っています。

そして昨日の式典は、午前中のフォーマルな式典とは大きく異なり、服装はカジュアルで、理事長経験者や来賓はオリジナルのアロハシャツの着用。また、会場は画像のとおり、北海道グリーンランド遊園地内のランドホールというイベント会場を有効に使用する設え。

非常に対象的な1日となりました。

どちらが良い悪いということではなく、ともに良い式典にしようと準備され、多くの方々が参列のもとに目的を果たすという面では、とても良い式典であったと思います。


さて、このJCの話をInstagramに投稿したところ、「JC時代の経験が今の私を作っている」という部分対し、「それはスピーチ力とか、人間性が鍛えられた感じでしょうか?」というコメントをいただき、ふと振り返って考えてみると、それらの根幹になっているのは、一言でいうなれば「数多くの失敗と後悔を伴う行動」であると感じた次第です。

それは卒業して15年も経ち、未だ様々な場面で繰り返していますが、それもこれも行動しているがゆえの結果であると自身に言い聞かせ、今日も自分自身に対し、少しの無理を繰り返していきたいと思っています。

今やっていることが意味があるのかどうか。

あると信じて努力する先に、良くも悪くも結果があるのだと信じています。

― 会派離脱のご報告と、議会自治について ―

〈令和8年8月26日投稿〉

このたび、私はこれまで所属し、会長を務めていた会派を8月26日をもって離脱しました。

突然のことで、ご心配をおかけする方もいらっしゃると思いますが、今回の離脱は、誰かを批判したり、人間関係の対立によって決断したものではなく、あくまで自身の政治信条を貫く形であることをご報告いたします。

現在、岩見沢市議会では、次期の議員定数を現行22名から20名とする案が上程される方向となっています。

一方、私はこれまでの検討経過が適正であり「概ね21名が妥当」との考えを持っています。そこで、今後、本会議で一議員として、質疑や反対討論を行う可能性がある中、会派会長という立場のまま、内部で異なる考えを主張することは整合性がとれないと判断し、けじめとして会派を離脱しました。


■ 議員定数等検討委員会において、約8か月にわたって議論した結果、答申は「概ね21名が妥当」であった

岩見沢市議会では、令和7年7月から令和8年3月まで議員定数等検討委員会を8回開催しました。

その間、「市民との意見交換会」や「アンケート」等を実施し、議員定数だけではなく、議会の活性化や議員のなり手不足などについて複合的な議論を重ねました。

その結果、諮問した議長を除き、定数21名を適正であると結論付けたのが 3会派(15名)、20名が 1会派(4名)、22名 が1会派(2名)となり、検討委員会としては「概ね21人が妥当である」と答申するに至りました。

21名という数字は、単に現状に近い定数を守ろうとしたものではなく、地域課題が増加する難しい時代において、行政を監視する機能、委員会運営、地域の多様な声を議会に反映する機能をできる限り維持する。その上で、人口減少の推移や市民要望等を勘案し、定数を22名から1名削減する。双方を考えた結果として導き出した数字です。


■ 岩見沢のために定数はどうあるべきか

議員定数を見直していくことは重要です。一方で、私は定数を減らせば減らすほど良いとは考えていません。

人口は減るものの、社会課題が増加する時代だからこそ、多様な市民の声や様々な世代の意見を市政に反映させる機能が重要であり、過度な定数削減は、かえって市民の利益を損なう可能性もあると考えています。

また、過去3回の岩見沢市議会議員選挙結果を見ても、現職が相対的に強く、新人候補の落選が多い傾向が見られます。定数をさらに絞れば、新しい人が議会に挑戦するハードルが一層高くなることを懸念しています。

私は、様々な世代や経験を持つ人が、議会に挑戦できる環境を残すことも重要だと考えています。議会にも健全な新陳代謝と多様性が必要です。だからこそ私は、答申のとおり、議会機能を維持しながら改革も進める「21名」が、現時点では最も妥当な水準だと考えています。また、定数を削減することが、直ちに議会全体の質の向上につながるとは限りません。

よって、ぜひ志のある立候補者が増えてほしいと思っています。


■岩見沢商工会議所からの要望書について

委員会答申後、岩見沢商工会議所から議員定数を18名へ削減する要望書が届きました。経済界からの提言・思いは重く受け止めた上で、提言の中心となっていた人口と定数の関係性のみならず、行政面積や公共施設数、産業構造など、別の客観指標も併せて考慮した結果が、検討委員会の答申でありました。

【人口比較と諸条件について】岩見沢市の議員定数を21名とした場合、議員一人あたり人口は3,534人となり、全国同規模自治体79市(人口6.5~8万人)を比較すると、岩見沢市より議員一人あたり人口が多い自治体は、田辺市を除き、大都市圏・人口集積地・県庁所在地近接型、あるいは行政面積の小さい自治体です。岩見沢市のように行政面積が広く、単独で多様な行政機能を担う地方都市として比較すると、議員一人あたり人口は最も多い水準となります。(下表:令和6 年12 月31 日現在の数値)


■ 私が大切にしたい「議員の責任」と「議会自治」

地方自治法では、議員定数は各地方議会が自主的な判断によって条例で定めることとされています。だからこそ今回、私は一つの疑問を持っています。議会自身が設置した検討委員会で長期間議論し、「概ね21名が妥当」との答申をまとめました。その結論を20名へ変更するのであれば、なぜ20名なのか、答申後、何の要素が変化したのかなど、市民にも説明できる明確な根拠が必要です。

私は20名という数字そのものを否定したいわけではありません。大切なのは、「誰かの意向」や「その時々の空気」で揺れ動くのではなく、議会が「根拠と議論の積み重ね」によって客観的に判断することです。

そして、一度決めた検討方法や答申を変更するのであれば、その理由を市民にきちんと説明する。議案に賛成するにしても、反対するにしても、その理由を市民に説明する。

それが私の考える議会自治と議員の責任です。


このたび、会派は離れましたが、市民の皆様から負託を受けた一人の議員としての責任は何も変わりません。なかなか言葉を尽くすことはできませんが、これからも、自ら調べ、自ら考え、自らの判断に責任を持ちながら、市政と向き合うとともに、原理原則を第一義とし、是々非々の姿勢で役目を全うしてまいります。どうか今後ともご指導のほど、宜しくお願い申し上げます。

■人口縮小の第一世代から、日本の未来を考えてみる■

〈令和8年8月23日投稿〉

少子化は、現代だけの問題ではないようです。

約2000年前、ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスも、結婚や出産を避ける人々の増加に危機感を抱きました。

独身者や子どものいない人には相続上の不利益を与え、結婚し子どもを持つ人には、公職や法的立場で優遇を与える。今風に言えば、国家が制度によって結婚と出産を促そうとしたそうです。

しかし、こうした政策が出生を明確に押し上げたと確認できるほどの成果があったかは、よく分かっていません。


この話を知ったとき、人は誰かから「子どもを産みましょう」と言われただけで、人生を変えるわけではない、という点で現在と共通するものを感じています。

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岩見沢駅発 - 鉄道のまちいわみざわの歴史を巡る!~岩見沢レールセンター見学から元町、そして幌内線の痕跡を求めて~

〈令和8年8月21日投稿〉

毎年恒例となっている、JRヘルシーウォーキングとの連動企画です。

今年もガイドをさせていただきます。

毎年、少しずつルートや見どころを変えてはいますが、今年は少し歩く距離を伸ばして(全工程で約3.5km程度)、ちょっとレアなものをお見せしたいと思っています。ぜひ足腰のコンディションを整えてご参加いただければ幸いです。


毎年、本州からの参加者もおり、昨年は京都から日帰りできてくれた方も!

岩見沢に住んでいると、なかなかこの様な地元の歴史文化に触れる機会は少ないかもしれません。

でも、凄い貴重な歴史が沢山存在しています。

特に岩見沢の歴史を紐解けば、鉄道とともに歩んだ年月において、岩見沢ならではの価値を刻んでくれています。

知らなければ「何もないまち」と言ってしまいがちですが、少し紐解いて行けばその価値に気づけることと思います。

そういう方が少数では地域はなかなか変われませんが、多くの方々が気づき始めれば、そこに新たな価値が生まれ、新しい経済循環も起こると信じています。

新しいまちづくりを考える時に、地域の歴史を踏まえなければ、どのまちでも出来ることをやってしまう。それはより新しいもの、より質の高いものができた時点で、もう価値は失われてしまいます。

これまでの日本はそんなことを繰り返してきたと感じています。

しかし、自分たちの地域の歴史的歩みの延長線上に次を描けば、それはその地域でしかできないこととなり、他では真似のできないことが可能になります。さらに、岩見沢単体で考えるより、もう少し広域な視点を持てば、日本全国、世界各国から人が訪れるような魅了をつくれる可能性を秘めています。

まずは自分たちの地域の足下を知ることから、始める必要があると思っています。