令和7年度国勢調査【人口速報集計】を受けて

〈令和8年5月29日投稿〉

昨日から体調不良で、今日は午後からかなり辛い状況・・・。
今晩予定していた自衛隊募集相談員「睦会」の総会とその後の別件予定については、大変申し訳ないながら、先程、急遽欠席の連絡をさせていただいたところです。ご迷惑をおかけして申し訳ない気持ちです。

そこで、ズルズルと横になっていても気が滅入るので、ちょっと無理してPCに座り、発表になったばかりの「令和7年度国勢調査速報集計」をもとに、改めて色々と見える化してみたいと思います。

北海道全体としては、いよいよ500万人を切ってしまったそうで、この推移をグラフにすると以下のようになります。(以下のグラフは国勢調査データなので全て5年刻みの数値となります)

(↑)北海道全体としては、1995年をピークとし、徐々に人口減少が進んでいます。

では札幌市は??(↓)

(↑)札幌も2020年をピークに人口減少に転じました。


では岩見沢は??(↓)

(↑)北海道全体や札幌市と比較すると、かなり減少が加速していることがわかります。


ではここで、炭鉄港関連の15市町のデータを1枚で重ねてみます。

じっくりと見ていただければ、色々と感じるところがあると思いますが、旧産炭地は独特の人口減少ラインを描き、小樽、室蘭、岩見沢は程度の差こそあれ、徐々に、そして加速しながら人口減が進行中です。

様相が全く違うのは江別市です。
それでもしばらく右肩上がりが続いていましたが、札幌と比較すると2000年ぐらいに伸びが止まってしまった感じに見えます。そこからは横ばいに近い微減が続いている感じです。

参考までに日本全体の人口推移を見てみると・・・

公表されている国交省の長期的推移(↓)と比較すれば、いよいよここから日本全体の人口減少が加速することになります。上のグラフも、次の5年後や10年後にはっきりと減少のラインが見えてくるのかもしれません。

現在の速報値を反映した日本全体のグラフの形と比べてみれば、近郊では江別市が最も推移傾向(グラフの形)が近いのかもしれません。

それ以外の市町は、やはり日本全体よりは”かなり先”を行っていることになります。

報道でも、岩見沢市と室蘭市が2027年にも逆転するか?とも言われていますが、全体を見れば、そこに一喜一憂する要素は少ないことがわかります。

特に炭鉄港構成の15市町は、江別を除けば消滅可能性自治体へまっしぐらであり、何も抗わなければ将来は見えない状況です。しかし、それぞれの自治体が単体で抗って勝算があるかといえば、それはかなり難しい。

そこで、「150年前はほぼ人が居ない状況から、たった80年間で圧倒的なピーク人口に達し、その後65年間で一気に過疎化する」という、石炭産業に強烈依存することとなった地域の栄枯盛衰の流れを、世界でも例のない類まれな事例として【面の魅力】に昇華させることが大事だと思っています。

幸いなことに、小樽市の2025年度の観光客数が5年連続増加。宿泊客は初めて100万人を突破したとのことで、そのうちの数%でも空知エリアに来てくれれば、十分にホテル投資や付随する地域内経済循環、雇用増などの期待を描けるわけです。

その枠組みこそが現在取り組んでいる【日本遺産 本邦国策を北海道に観よ!~北の産業革命「炭鉄港」~】なわけです。

私は大いに可能性を感じていますが、その実現のためには、それぞれの市町が「イマダケカネダケジブンダケ」とならず、お互いに連携し尊重し合う「互恵性の仕組み」が必要だと思っています。

そのためには、まずはそれぞれの点の価値を高める努力が必要です。

その取組の一つが昨年から初めた炭鉄港3-DAYS Weekenderです。

こちらも昨日、2026年度の開催日程が発表されました。

今、新しい地域連携の形を実現すべく、色々と準備中です!

ぜひ急激な人口減少に伴う様々な荒波に抗って行きたいと思っています。


※今回も数値の収集からグラフ作成まで、完全にAIに丸投げしての作成なので、もしかしたら怪しいところがあるかもしれません。何か発見したらこっそり教えてください。

近隣の人口推移から見えるもの

〈令和8年5月25日投稿〉

5月27日(水)は東京からの高校修学旅行生を対象に約2時間半の講演+ミニフィールドワーク。6月4日(木)は札幌のちえりあ学習ボランティア2026年春・夏期講座で2時間の講演。6月6日(土)は歌志内市の(一社)ウタピリカさんで炭鉄港ガイド要請講座にて同じく2時間の講演。

などと、ありがたいことに講演準備が迫っています。それぞれ時間や伝えたい細かなテーマが違うので、現在、少しずつパワーポイントの手直しに追われているところです。

なぜか、そのようなときにブログを更新してしまう悪い癖があるのですが、今回は最新データをグラフ化する中でいろいろと比較ができそうなものを作ったので、せっかくなのでご紹介します。

(上グラフ)これは空知において、炭鉱の存在が大きかった6市(夕張、三笠、美唄、赤平、芦別、歌志内)と上砂川町の7市1町と、岩見沢市を比較した人口推移です。


例えば、最も減少率の大きいのが夕張市(下グラフ)で、現在はピーク人口の95.1%の減少となり、当時の4.9%しか人口がいないという衝撃的な事実があります。

しかしこれは夕張市だけではなく、歌志内市や上砂川町もほぼ同様の傾向です。

美唄市の場合は昭和40年代にいち早く主要炭鉱が閉山し、産炭地には珍しく平地が多く存在するために農業が盛んだったこと、また企業誘致も早かったことなどで、他の産炭地と比べると減り方は幾分少ない(約8割減)状況です。

そのような中で、岩見沢市は周辺産炭地から離れる方が移住される「人口のダム機能」があったといわれ、その減り方はぐっと緩やかになっていました。これが「岩見沢はほかの地域に比べれば、疲弊度は格段に少ない」と言われてきた根拠になります。

※1960年人口は 旧岩見沢市 64,443人、旧北村 8,652人、旧栗沢町 27,809人 で計上しています。ただし、厳密に言うとこの3数値は調査種別・時点が完全には同一ではなく、旧岩見沢市と旧栗沢町は住民登録人口、旧北村は国勢調査による常住人口となります。よって、「同一基準の国勢調査人口」ではなく、現在市域相当で合算した参考値として捉えて下さい。

しかし改めて前述の比較グラフをじっくりと見てみると(下図再掲)・・・

旧産炭地はすでに人口減少がかなり進行したため、これより先の度合いは安定していく傾向になると思われるものの(少子高齢化の進行は深刻ですが)、グレーで描かれた折れ線の岩見沢市は、2000年前後から急激に人口減少が進み、まさに現在進行系であることが見られます。

これは日本全体の構造と同様ではありますが、いよいよ行政運営もこれまでとは異なるフェーズとなり、行政だけではなく、市民一人ひとりが「あらゆることが今まで通りではなくなる」ということを認識しなければならないと思うのです。



さて、参考までに、北海道で一極集中の進む札幌市も人口減少フェーズに入りました。先日の報道では横浜も今回の国勢調査において、78年ぶりに人口減少となったそうで・・・

私たちの空知(特に旧産炭地)の強みは、これからの日本の地域課題をすでに先取りしていること。経済学者のドラッカーの言葉を借りれば「すでに起こった未来」がこの地域の武器でもあります。

日本遺産「炭鉄港」とは、その概念を各地で連携することによってプラスに昇華させるものです。どこまでできるかはまだ朧気にしか見えていませんが、様々にトライしていきたいと思っています。



【余談】

今回、改めてすごい時代になったと感じたのは、これらのグラフは全て生成AIで作成しています。

自治体によっては、公式ホームページに近年の統計データしか載っていないところも多く、そのため、総務省のサイトからいくつにもタブが分かれたエクセルデータを横断的に抽出したりしなくてはならないのですが、今回はその作業において、chatGPTもGeminiもいまひとつ役に立たず、Cloud codeでやってみたら一発で抽出できました。

そのデータをchatGPTに張り付け(cloudが無料版なので利用回数に限りがあり)て、いろいろと注文を付けると簡単にこのようなグラフになります。細かなところをチェックしたら、そこはAIなので誤っている個所もあるかもしれませんが、パッと見た限りでは問題なさそうです。


おまけで東京都も貼っておきます。

岩見沢SL保存会 ボランティア・会員募集のご案内

〈令和8年5月24日投稿〉

岩見沢SL保存会は、ほとんどの会員が80歳台ということもあり、現在、他の組織と同様に新陳代謝がテーマと言えます。しかし「鉄道の町 岩見沢」において、最近は岩見沢赤電保存会空知鉄道などとの協力体制や、OBの活動を下支えするI氏などのエネルギッシュな方々も多く参加するようになり、今後の保全技術の継承にも一定の期待が持てますが、やはりもっと沢山の若い世代がいなければ、この文化を残すことは難しいことになります。

そこで、この様な募集がなされているので転載します。

私自身もふらりと突然訪れても程よい距離感で受け入れてくれますので、興味がありましたらぜひ上記スケジュールのときに「初めてなのですが」と定期清掃日に訪れてみてはどうでしょうか?きっと快く受け入れていただき、良き居場所になるのではないかと思います。


技術的には、特に冬季間のシート囲いの技術はかなり高度で、全て木枠を設置してシートをかける周到さです。これは他の保存車両ではなかなか見られないこだわりではないでしょうか。美しく見事です。

ちなみに岩見沢SL保存会は、昨年の炭鉄港3-DAYS Weekenderにも鉄道OB自らがガイド役として参画してくれ、その御礼も兼ねて私も今年の春のシート外しに参加してきました。その時の様子をタイムラプスで記録してみました。

手際も見事なものです。

私自身の社会活動としては、炭鉄港全般の方に活動ウエイトがあるため、なかなかこちらの行事に参加することは叶いませんが、先日は塗装の塗り替えにあたり、古い塗膜を剥がす作業も始まったようです。ぜひ、お気軽に訪問してみては如何でしょうか!

議員勉強会(北海道自治立志塾例会)

〈令和8年5月23日投稿〉

昨晩、札幌にて超党派の地方議員勉強会「北海道自治立志塾」がありました。

前塾長の中島興世氏からは政治に備わる正論の視点で大いに学ばせていただき、現塾長の北大政策大学院の山崎幹根教授からは現在進行系の行政課題等やその考え方などについても学ばせてもらっています。

この集まりの良いところは、遠くは根室、幕別などから政党や思想を超えた地方議員が集まり、前回や次回の一般質問や、近況課題について発表し、それぞれのテーマに沿ってディスカッションする形式となっています。

それぞれの発言から凝り固まった自分には無い視点が得られたり、はたまた思考を深めることができたりと、年に4回の開催ですが、毎回、非常に良い刺激になっています。

思い起こせば、初めて参加したのは岩見沢シチズンで開催した講演会がきっかけで、2013年のことでした。早いものでもう13年が経過し、私も完全に古株の位置ではありますが、常に新たな学びをいただいています。

岩見沢の風景〈雑談~スマホのアルバムから〉

〈令和8年5月23日投稿〉

スマホの画像を振り返ってみると、岩見沢の素敵な風景が残っています。
それらをちらっとお裾分け投稿。

こちらは最近話題になっている岩見沢市内某所の菜の花畑。
天気が良ければ匂いも強く、とても素敵な風景です。
うまく地先さんに経済循環が発生するような仕組みができれば、とても良い観光名所になりそうなスケールの大きさです。


こちらはバラ園の周辺の水田です。
風の無い早朝で、水田に水が張られ田植えが始まるまでの僅かなタイミングに運よく出会いました。


これは志文小学校跡の二宮金次郎像。

市内にこの二宮金次郎像はいくつ残っているのでしょうかね。


ここは毎年楽しみにしている総合体育館横の桜並木。
桜と言えば、市民会館周辺も綺麗ですが、あと数年したら万字交通センターの裏手や、朝日駅周辺もとても美しい桜の風景になると楽しみにしています。


こちらはいつも早朝散歩にいく消流雪用水貯水池公園の柳の木。

とても大きくて立派です。

この周辺はポプラ並木も見事です。

ちなみにこの公園は、早朝に行くことが多いので、日の出のタイミングや霧の風景など、毎日表情が違って楽しいです。

この公園はほぼ毎日行くので、色々な画像が山程あります(笑)


岩見沢駅の改札を抜けてホームへ向かう跨線橋の梁は古レールで出来ています。
中にはこんな北海道炭鉱鉄道会社が1890年にドイツのクルップ社に発注したレールもあります。

恐らくこれは明治25年に開通した室蘭線に敷設するために輸入したもの。
岩見沢駅はこの年に中央通りから現在の場所に移転しています。

レールの裏話はこちらから
https://hiranoyoshifumi.jp/2019/07/15/11433


これは美流渡に現存するスキージャンプ台。
紹介は旧美流渡中学校の歴史展示コーナーに記載してますので、そちらにも足を運んでいただければ幸いです。
https://www.city.iwamizawa.hokkaido.jp/soshiki/shogaigakushu_bunka_sportshinkoka/bunka_sport_shogaigakushu/4/16796.html


もっと色々と紹介したい画像がありますが、あまり長々と連ねるのもどうかと思いますので、次の機会に!

岩見沢はあらためて見渡してみると、とても良い風景や貴重な歴史が沢山あります。

北村遊水池事業の視察でお世話になりました。

〈令和8年5月19日投稿〉

5月16日(土)に先日の衆議院議員選挙で初当選した村木汀議員にお招きをいただき、岩見沢市議会の会派、市民クラブの有志として「北村遊水池」の視察に伺ってきました。

冒頭にご挨拶をいただいたのは、国土交通省北海道開発局札幌開発建設部 部長の平山様で、昨年、札幌開発建設部で炭鉄港の講演にお招きいただいたご縁があり、炭鉄港の活動に深いご理解とご協力をいただいていることに大変感謝しています。


この北村遊水池は、人口密集地や国内でも有数の食料供給地であるため、ひとたび洪水が発生すると甚大な被害をもたらす恐れがあるため、戦後最大規模の昭和56年の洪水流量を安全に流すことを目的とし、北村の地に遊水池の整備を行っているものです。

その規模は950ha(東京ディズニーランドとディズニーシーを合わせた広さの約8.5倍?東京ドーム約200個分とも・・)で、下の画像では奥行の端を確認することができません。

遊水池というのは、普段は農地として活用し、いざというときに遊水池エリアに水を流して貯めることで石狩川を流れる水量を減らす目的です。そして川の水位が下がったら、排水門を開けて石狩川に戻すという仕組みになります。

よって、この範囲内には地役権を設定し、住宅等は全て移転補償となっています。また機能の妨げになる工作物の設置も制限されます。

事業期間は平成24年度から令和12年度まで。
全体事業費は1,402億円という莫大なものです。
それでも万が一の時には、多くの命や経済を守ることに繋がります。

今回は排水門施工エリアでの視察となりました。

この工事を担当しているのは岩田地崎建設㈱さんで、朝日駅の炭鉄港関連でもとてもお世話になっています。今回ご案内いただいた所長さんも、昨年の炭鉄港3-DAYSの時などに大変お世話になっておりました。いろいろと貴重なご機会をいただき心より感謝申し上げます。

この度の視察では、村木汀事務所並びに、村木中事務所の皆様にも大変お世話になりましたことを重ねてご報告いたします。

岩見沢市絵画ホール・松島正幸記念館で”みねのまのおしごと展”を見学

〈令和8年5月18日投稿(遡り投稿)〉

たまたま、同じ5月31日(日)まで開催中の、炭鉱と炭鉱まちの絵葉書展の中に、昭和一桁台と思われる岩見沢市絵画ホール・松島正幸記念館(当時は岩見沢警察署庁舎)の画像がありました。

現在は、、、

という感じですが、内部は階段のつくりや各所の意匠に、当時の建築のこだわりが見られます。


さて本題。

今回の「みねのまのおしごと展」ですが、デザイナーの真野さんは、岩見沢駅を中心としたまちづくり団体「いわみざわ駅まる。」などでもお世話になっていて、私の選挙ポスターなども真野さんの手によるものです。

そんな縁がありましたので、先日、議会会派の会議後に見学してきました。

当時はまだまだ駆け出し感があったのですが、現在はすっかり実力派デザイナーとして一定の地位を築いていると感じるとともに、その活躍の場も大きく広がっていることと思います。
https://mineno.net/index.html

会期は5月31日(日)までとなりますので、ぜひ元岩見沢警察署の建築意匠等も楽しみながら見学いただければと思います。松島正幸氏の作品ももちろん、1階も2階も見どころが沢山です。

可能であれば、その足で「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」の石蔵展もご覧いただければ、活況にあふれる当時の炭鉱まちと共に、昭和初期の岩見沢の様子が残された絵葉書も見ることができます。(こちらも5月31日(日)までです。

樺戸道路(峰延道路)はご存知ですか?

〈令和8年5月13日投稿〉

現在の道道275号線、月形町と美唄市峰延を結ぶ「道道月形峰延線」です。

ちなみに西側が岩見沢市、東側は美唄市になります。

ここは明治14年に設置された月形の樺戸集治監と、翌年に設置された三笠の空知集治監とを結ぶ最短ルートです。当時、何か有事の際は、月形から石狩川を下り、幌向から陸路で三笠を目指すルートであったため、非常に時間がかかります。

そこで誰も踏み込まない湿地帯を貫く直線道路(厳密には泥炭の湿地帯を極力避けるため、1箇所折れ点があります)を開削したものです。


ここはその手法が強烈です。

測量は囚人が膝まで水に浸かり、測量する看守の船を押し、月形の円山と三笠の達布山で狼煙をあげ、その狼煙を目印に伐採と杭を打つところから始まります。

吉村昭の小説「赤い人」のシーンをAIで再現すると以下のような測量シーンになります。(あくまでAIによる想像図につき、色々とご容赦ください。)

砂利を敷き詰めたところでずぶずぶと沈下してしまう泥炭の湿地帯に道路をつくために、冬の間に切り出した丸太を凍った石狩川で対岸に渡し、それを筏のように敷き詰めて、その上に砂利を敷き詰めてできた道路です。

(下図、同じく生成AIによる作画)
※鎖の位置も腰に巻きたいのですが、何度やっても、どのような指示をしても何故か左右の足を結んでしまったりと、まだまだ上手く使いこなせてませんが、一昔前ではこんなものを作るのは自分には不可能だったことを考えると、これまた凄い時代になってきました。

実は今年の炭鉄港3-DAYS Weekender 2026では、月形町、三笠市、美唄市、岩見沢市の3市1町で協力し、この樺戸道路に焦点を当てるプロジェクトを準備中です。つい先日も各地の学芸員さんや担当職員の方にお集まりをいただき、秋の開催にむけ様々に方向性を協議したところです。

できればこの丸太がまだ埋まっているかどうかの調査も視野にいれていきたいのですが、道との協議の過程ではまだまだその実現は難しそうです。でも、この丸太が見つかったらまさに文化財としての価値は非常に高いものと思いますし、道路脇に説明看板とフォトジェニックな表示を設置できれば、地域の歴史を見直す大きなきっかけにもなるような気がしています。

これからの時代は、例えば岩見沢市単体で何かを実行しても、その効果は限定的なことがほとんどです。だからこそこの様な他地域との連携をwin-winの相乗効果とし、点ではなく線や面としての価値を高めることが交流人口や関係人口の創出に不可欠であると考えています。

ここは誰かに提案したところで”箸にも棒にもかからない”と認識しているので、私自身が関係者と協力しながらプレイヤーとして汗を流す覚悟です。


これは月形側で狼煙を挙げた円山の展望台からの風景です。遠くに樺戸道路が見えます。


明治の北海道に送られた囚人の中には、西南戦争などの士族反乱に関わった人々だけでなく、国会開設や自由な政治参加を求めた自由民権運動の関係者も含まれていました。彼らは、当時の政府から見れば秩序を乱す「国事犯」でしたが、別の見方をすれば、新しい日本のあり方をめぐって政府と対立した人々でもありました。

江戸時代から明治期へと、急激に時代が変化する中、国や環境を憂い、正しいことと信じた行動の結果、命を命と思わぬ人権無視の環境の中で、農地整備や道路開削などの北海道開拓の礎を担った人々の汗と涙の結果が今の私たちに繋がっています。

だからこそ、先日の報道でもあったとおり、その囚人たちの墓石を倒すなどの暴挙は、歴史を知らぬ浅はかな者たちの許せない行為なのです。今、私たちの価値観の中に、「歴史を知り、先人に感謝できる知識」が圧倒的に不足しているのだと思っています。

篠津山霊園において、樺戸集治監の囚人墓地にある墓石58基が何者かになぎ倒される器物損壊事件が発生

今年の秋に開催予定の炭鉄港3-DAYS Weekender 2026では、ぜひこの道路にスポットを当て、私たちの地域の歴史を見直し、その価値を共有する機会にしたいと思っています。

岩見沢市旧美流渡中学校交流館が開館しました。

〈令和8年5月1日投稿(遡り投稿)〉

令和8年4月18日(土)に、アーティストのMAYA MAXXさんたちが中心となって活動展開していた旧美流渡中学校が、消防法上で必要な設備を改修し、岩見沢市旧美流渡中学校交流館として再開しました。

https://www.city.iwamizawa.hokkaido.jp/soshiki/shogaigakushu_bunka_sportshinkoka/bunka_sport_shogaigakushu/4/16796.html

今後の活用は、主に「みる・とーぶ」さんの展示やワークショップなどで魅力づくりをされていくことになりますが、もちろん市民の活用も可能です。


なお、この施設の中には、炭鉱や鉄道などの地域の歴史に触れる「地域資料コーナー」があり、東部丘陵地域の炭鉱や旧国鉄万字線などを中心とした歴史文化に触れるエリアがあります。

実は、その”炭鉱と鉄道に関する部分”は、NPO法人炭鉱の記憶推進事業団として、以下のようなミニパネルづくりでお手伝いをさせていただきました。

その際、ミニパネルにあわせた画像を撮影するために、まだ空き地には雪が残る中ではありましたが、冬眠明けの初運転も兼ねて、志文駅から万字炭山駅跡まで、小回りの効くバイクで撮影ツーリングをしてきました。

以下はまだ準備中の画像ですが、右手の壁にはそれぞれの地域にあわせてミニパネルを設置しています。

地域資料コーナーでは、この様に映像なども見ることができます。

残念ながら見られるのは以下の期間と時間のみとなりますが、ぜひMAYA MAXXさんの作品などもご覧いただきながら、この地域の歴史にも触れていただければ幸いです。

【開館期間】
令和8年4月18日(土曜日)~令和8年10月31日(土曜日)(土曜日、日曜日のみ開館)

【開館時間】
午前10時~午後5時