〈令和8年1月25日投稿〉
2026年2月15日(日)
《34年ぶりの文化財指定!辻村家ガラス乾板写真及び関連資料_文化財指定記念講演》
を開催いたします。

主催は岩見沢CivicPride探求部(主宰 平野義文)となります。
辻村家のことをチラッとだけ紹介すると・・・
岩見沢市志文にある辻村家は、現神奈川県開成町の自作農四男であった辻村直四郎が、北海道に行けば自分の土地を手に入れることができると夢を抱き、東京農林学校(現東大)を中退して、いざ北海道へ。
これが、明治24年、22歳の若き直四郎の北海道開拓のスタートとなります。
その後、土地を入手できず、馬追原野(現長沼町)の開拓に従事するなど、紆余曲折を経ながら志文の未開地130町歩を入手し、活気に満ちた村落を築いていきます。
途中、農業経営も軌道にのり、経営を弟に任せ、明治32年から単身でアメリカに留学。日雇い労働等でアメリカの農業を視察研究。
明治37年には長女の”もと子”が誕生。後に、父直四郎の馬追開拓をモデルとした小説「馬追原野」を発表。
昭和19年には芥川賞の女性版とも称された第1回樋口一葉賞を受賞。(樋口一葉賞は戦時下のため、1度きりの開催。現在の樋口一葉記念やまなし文学賞とは別のもの)
その後ももと子は数多くの文学作品を残し活躍するも、昭和21年、腎臓病の悪化により岩見沢町立病院で生涯を閉じます。
■志文(しぶん)の地名は、明治26年に直四郎が名付けたと言われ、その由来は「アイヌ語のシュプンペッ(修分別川)を基にしていますが、長女のもと子の作品「早春箋」の文中、直四郎夫妻の会話にて、「あなたは土に志をなすったのに・・・と申しましたら、いや俺達の子供に、ひとりぐらい文に志すものができるかもしれないと笑いました」とあり、まさに”もと子”がそれを叶えたと言えます。

辻村家には様々なエピソードが残されています
国道234号線を岩見沢市内から栗沢方面に進むと、ノースファームストックをすぎた辺りに鬱蒼と茂る林が見えます。その中には、決して華美ではなく、しかし材料にこだわった質実剛健な邸宅(大正2年完成)が現地に残り、そしてその鬱蒼と茂る林とは、直四郎が開拓時の様子を後世に伝えるべく意図的に設けた、ほぼ原生林の様相を残す「屋敷林」が現在も私たちに当時の様子を教えてくれているのです。
そんな辻村家には膨大な資料が残り、近年、辻村家資料研究会の方々の尽力により1000点を超える貴重な資料が整理されました。
その中の一つである、この度のガラス乾板写真は、当時、直四郎が記録した様々な貴重な情景を現在に伝えてくれています。
今回の講演会では
そのガラス乾板写真391枚を含む関連資料426点が岩見沢市指定文化財となりました。
それを記念して、ぜひ一人でも多くの方に辻村家のことを知っていただきたく講演会を開催します。
講演は「辻村家資料研究会」の3名が中心となります。
1)まずは当家の辻村淑恵氏より、辻村家の様々なお話を聞かせていただきます。
2)村田文江氏(元北海道教育大学岩見沢校教授)より、「何が写っているか?」という目に見えるもの、見えないもの両面の解説をいただきます。
3)写真家の佐藤祐治氏からは、テクノロジーと郷土写真の未来、辻村家資料研究会に参加した所感を中心にお話をいただきます。
*11月3日に郷土科学館で開催(岩見沢市教育委員会主催)した内容のアレンジ版となります。
この前段には私から辻村家のアウトラインについて少しだけお話させていただき、後段では、岩見沢市教育委員会の神田いずみ学芸員より、総評をいただきます。
また、講演会としては非常に珍しいエンディングソングを1曲設けさせていただきました。
これは辻村家にリスペクトを抱いているシンガー、高橋圭介氏による「種を蒔く人」という曲で締めさせていただきます。
改めて、詳細については以下のとおりです。
ぜひお気軽にご参加ください!
- ■開催日時:2026年2月15日(日)14:00〜(2時間程度を予定)
- ■会場:岩見沢市生涯学習センター「いわなび」 研修室5&6
- ■一般市民(60名程度の会場)
- ■参加費 500円/人
- ■申し込み:原則当日受付(予約フォームあり)
- ■主催:岩見沢シビックプライド探求部 主宰 平野義文
- ■協力:岩見沢市教育委員会/NPO法人 炭鉱の記憶推進事業団
原則、当日受付となりますが、席に限りがあるため予約優先とさせていただきます。
■申込みはこちらからお願いします。
https://forms.gle/axitAR1LWJKxpoL38
