ぷらぷらまち歩き2018in岩見沢の報告

〈平成30年11月7日投稿〉

今年もぷらぷらまち歩きのガイドをさせていただきました。

今回のテーマは「駅周辺で見られる炭鉄港と、まち中歴史再発見!」とさせていただきました。

天気予報も雨がチラつく気温の低い日ということもあり、参加者の低迷が予想されたのですが、蓋を開けてみれば約30名のご参加をいただきました。

まずは炭鉄港ということで、あまり知らない方のために空知総合振興局で作成した動画を視聴。

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そこで知識を得てから岩見沢複合駅舎へと向かいます。

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この駅舎では北海道開拓について、そして炭鉄港の鉄路のことをメインにお話をさせていただきました。

また、駅では色々なエピソードを紹介することができます。グッドデザイン賞大賞の背景や、石川啄木のこと、また、太平洋戦争中につくられた皇紀レールのこと等々。

そして自由通路を渡って北側にいくとレールセンター。

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賑やかな時代の航空写真と現地を比べると、当時の賑やかさがよくわかります。

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(また、今回はJR岩見沢駅様にお願いし、敷地内の立ち入りも許可していただきました。このレールセンターはあくまでJR北海道の現役の工場のため、一般人の立ち入りは禁止されていますので、くれぐれもご注意ください。)

このレールセンターでは、まさしく炭鉄港を牽引した薩摩藩閥や北炭のお話。壁面にある星のマークである北炭の社章からは、パリ万博等、幕末に至るまで様々なエピソードをお話することができます。

また明治37年には北炭の本社が岩見沢にあり、日露戦争の影響で鉄道国有化がなされたこと。その際の国への鉄道施設売却金で室蘭に製鋼所をつくり、鉄の街となる一歩を記したこと等々。

炭鉄港がもっとメジャーになった際、この岩見沢が拠点になりうる要素を十二分に秘めていることをもっと多くの人に知っていただきたいと考えています。


さて、一行は元町の初代岩見沢駅(停車場)付近へと移動し、開拓の頃の話や勧業の鐘のことなどをご紹介。

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そのまま夕張道路(中央通り)を南下し、4条通りとの交差点で昭和30年代の風景と見比べる。

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時代の流れとはいえ、あまりにも面影もなく。当時の写真と見比べて想像力をフルに活かして当時を思い浮かべます。

その足で、元の岩見沢消防署の跡地=岩見沢市役所跡へ移動。

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ここはすでに近年まで使用されていた消防署も取り壊され、道営住宅建設のために更地となっています。

その一角に、この様に岩見沢市役所跡という石碑がひっそりと立っています。

次に移動する途中、昭和30年代の街中の写真と同じアングルを発見。その画像に写っている建物こそ異なれど、お店や会社等の名称はほぼ一緒で、まさしくその場所であることが一目瞭然でした。

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次の到着地は生涯学習センターいわなびの横にある「岩見沢消防署跡」の石碑。

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他、市内には中央公園角に「空知支庁跡地」、3条通りの健康広場の周辺に「岩見沢郵便局跡」という石碑があります。

当初の予定では、その石碑全てを回る予定だったのですが、突然の大粒の雨。

4条通りのアーケードを歩いている時だったのでことなきを得ましたが、流石にそこから出るのは厳しいと判断。急遽、ショートカットして牧病院さんへと向かいます。

牧病院では4代目となる牧雄司医院長が詳しく説明をしてくださいました。

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実は牧病院さんは、北海道内の私立病院では最古。

初代は金沢藩士の出であり、幼少の頃、骨折を医療で治療されたことに感銘を受け医者の道へ。明治20年に北海道にわたり、ドイツ人医師に従事し研鑽を積み、後に北海道監獄医として勤務。その後請われて岩見沢で開業し現在に至ります。

2代目の進氏は大正時代にドイツに留学。また戦争を経て明治後期より親交のあった阿部信行総理とのやり取りの中で、岩見沢市政施行や道内で2番目の早さで敷かれた上水道整備など、多大な貢献があったのではないかと想像されます。

この様に、牧病院さんは岩見沢の開拓から発展において、共に歩んできていることがわかります。

あらためて、ここでは書ききれないほど、非常に詳しく解説をしていただいた牧雄司医院長に心より感謝申し上げます。

その後、創業103年の前野商店さんの前を通って出発地の、そらち炭鉱の記憶マネジメントセンターへ到着。

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ちょうど2時間ピッタリのぷらぷらまち歩きとなりました。

この度は驚く様な方々にもご参加いただき、私の拙いガイドが恐縮でもありましたが・・・、炭鉄港はこれからどんどんとメジャーになっていかなくてはなりません。そのために、なかなか大きなことはできませんが、一歩ずつ着実にできることをやっていくことが大事なのだろうと思っています。

この度、お力添えを賜りました皆様に、心より感謝申し上げます。

■本投稿における画像はこちらからも借用させていただいております。http://yamasoratan.blog62.fc2.com/

■尚、炭鉄港をもっと知りたいと思われましたら、ぜひこちらも御覧ください。http://www.sorachi.pref.hokkaido.lg.jp/ts/tss/tantetsuko.htm

■牧病院さんの遠隔はこちらで知ることができます。
http://www.makihospital.jp/

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