教育と遊育 ~幼児期の遊びがとても重要な理由(メモ)~

平成27年9月16日(水)

こども環境学会からの案内で、第20回園庭研究会in恵庭&札幌という講演会に参加する機会を得ました。

8月28日(金)には、こども環境研究会北海道第2回研究会【札幌】があり、そこで恵庭幼稚園の非常に進んだ取り組みを井内園長直々にお話を聞かせていただき、これまで自分でも関わってきたプレーパークの理念や今回のお話が重なって、色々なことが腑に落ちました。

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(↑8/28 恵庭幼稚園 井内園長の講演)

(↓9/16 NPO法人 園庭・園外での野育を推進する会 天野秀明理事長)
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せっかくなので、この両方で得た事を少しだけご紹介したいと思います。


その前に、現代の社会的背景として、この様な事が危惧されていると考えております。お時間のある時にご覧いただけると幸いです。

○今の子ども達を取り巻く環境について
https://hiranoyoshifumi.jp/2015/01/17/4476

○子ども達のゲーム、インターネット等が及ぼす影響
https://hiranoyoshifumi.jp/2015/02/02/4599


12002113_1621745708075168_8781844521664892984_n根幹にある共通テーマは「遊び」です。(右画:9/16園庭研究会の様子)

良く言われること → 【親がこどもに身につけて欲しいこと = 集団生活をすることで培う「社会性」】しかし、これは一方的な指示や教育では培われない。遊びを通して培われるもの。

遊びの定義=環境に遊ばされている内は遊びではない。

例えば、鬼ごっこは遊びか?

鬼ごっこをしたいと思った子どもにとっては遊び。でも、一人で静かにしていたいと感じている子にとっては遊びとは言えない。

これは今の一般的な幼稚園や保育園で行われる幼児教育として、一斉に同じ時間に同じ”あそび”をさせるのは無理だということを表す。遊びとは自分からやってみたいと思うかどうか。

【遊ぶ = その子の世界】

一人ひとりの子にとって、やってみたいは沢山あるが、AちゃんにとBちゃんのやってみたいは全て重なるわけではない。砂遊び一つとっても、綺麗に山を作りたい子や、山の形はどうでも良いが、トンネルをつくるのに楽しさを見出す子もいる。似ていても全ての子が違う。

すなわち、遊びを通して「私が生きている」というアイデンティティの創造につながるはずが、現代の一方的な教育手法では、教育者の型にはまらないことは禁止事項となってしまう傾向がある。こういった要素で、遊び=自己の形成が不足すると思春期が第二幼児期になってしまいがち。自分が自分である原点をつくることができない。

結果、自分を認めて欲しくて、注目を集めるような問題(?)行動が出る。幼児期における「見て見て!」が続く。

大人はちゃんと子どもを見ているつもり。

しかし、それはこの様に二つの異なる”育”、教育と遊育で隔たりがでる。

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今の教育の流れでは、教える側に価値のあることを教える。よって、「遊ぶ」や自ら「育つ」ためのキタナイウルサイアブナイを禁止する傾向がある。それぞれの子どもにとって異なり、とても意味のある世界=遊育を認めてもらえない → これが、幼児期を終え、大きくなっても見てもらっていない。認めてもらってない感覚を引きずることになる。

教育者(保護者やほとんどの大人)にとって、思い通りになる子はよい子。子どもの「遊」の世界で価値観が合わないと”困った子”になりがち。真っ当な自己を形成するチャンスを失い、社会的承認を得られないまま大人になる傾向があるのかもしれない。


○現代は都市化、合理化、システム化等々の管理社会。

保育園や幼稚園、学校、放課後クラブ、習い事、、etc.それぞれに細分化されて進み、ルールにはめられる → 逃げられない、逃がさない。

○多大化 → 少子化の反対。子どもから見ると子ども一人に対して大人が多すぎる。大人の目を盗むことが困難。これらの要素により、自然な子どもの感じ方を無視し、小さい頃から「教える」「やらせる」「コントロールする」というプログラム化が進行している。

以前は当たり前にあった、大人の目を盗み、自分で遊育ができたはずが、その機会が無いので自己をつくれない。

だから、子どもがやりたい事を自由にできる場を大人がつくる事が必要~プレーパーク等によって、自分の価値観を押しつけず、遊育ができる器づくり。

これらはハードだけあってもダメ。全ての大人である教育者次第。今はこの遊育を殺す方向で進んでしまっている。


◆すべての意思は「快」「不快」に左右される【情動(心)】である。善悪(正誤)は【価値観】

○公園に一つの滑り台。ある子ども達通常とは逆に、滑る側から登り、階段から飛び降りる。普通に階段から登ったとしても順番を無視して横入り。これも正解。行儀が良い悪い?大人が介入した瞬間から、遊育から教育に変わってしまう。

子ども達にとってはせっかくのコミュニケーションスキルを育む場。トラブルを大人が防止することで、学ぶ機会を奪ってしまう。子ども達は沢山ぶつかり合うことが必要。子ども同士で噛まれても、大人が介入しなければ、噛んだ方が何か面白そうなことを始めると、噛まれた方も寄っていく。それで関係の修復。大人とは違う世界がある。それを大事に。

○集団で遊ぶのが苦手な子もいる。【唯一無二のやってみたい】をみんな持っているはず。それを認めるべき。

 

◆脳科学では以下の3つが幼児期までに形成すべき「心」を司る部分で大きな影響がある。

①「自律神経」~コントロールできる筋肉は意識的に鍛えられる。無意識下で動くものは鍛えられない。だから幼いころから自然環境で鍛える。暑い寒い、痛い、キツイ、嬉しいetc.様々な経験でタフに過ごすことも大事。

②「免疫系」~楽しいと上がる。ストレスで失う。

③「内分泌系」~ドーパミンetc.しかるべき物質でしかるべき対処を行う。

人はこれらの三つ巴で動いている。その司令塔は「心」「情動」を司る恐竜脳と言われる古い脳部分。これを幼いころに目一杯刺激することが重要~現代は鬱等の精神疾患が多い傾向。この部分が幼い頃に成長していないことが考えられる。

 

◆全ての判断の裏付けは「快」「不快」である。現代教育はこれを働かせないようにしている。一方的押しつけ教育に適した性格になるには情動は抑えられた方が「よい子」の評価になってしまう。親もそれを無意識に求めている。社会の価値観がそれを求めている。

◆アイデンティティ~私は私であるという根幹は「記憶」である。細胞は数年で総入れ替えするが、”私”を形成する記憶があるから”私”でいられる。この記憶は「情動」で強まる。

今、幼い頃の記憶がない大学生が沢山いる。子どもは環境に敏感。環境的に「よい子」が求められると、それに応える。自らの心の欲求である「遊育」の場を抑える。期待に応えるよい子でいるがために、情動が動かずに自己を失う。記憶がない。

アブナイキタナイウルサイの意味~育て方ではなく、自ら育つ場を保障する必要があるのだ。


誰しも子ども達は健やかにのびのびと育って欲しいと思っている。自主性のある人間になって欲しいと願っている。しかし、今の社会環境は知らず知らず逆行していると考えている。

周囲が子ども達に与えるのは「消費あそび」である。習い事やゲーム等、与えられた環境で遊ぶ。環境に遊ばされている内は本格的な遊びではない。遊びがなければ工夫、創造あそびが発生しない。それは自己形成の機会を失うという事と言っても良のだろう。

北海道は学力も体力も目一杯下位。

体力と学力は相関する。ドアtoドアでインドアな生活。典型的な北海道の子ども達。もっと自然の中で、消費ではなく本物の遊びの機会が必要。それをどう大人が保障するか。行政も実現に向けて真剣に考えて行かなくてはならない。

唐突に自分の幼児期を振り返る。

誰に強制されたわけでもなく、周囲に気を使う典型的な「情動」を抑えた子どもだったと思う。実は恥ずかしながら小学校高学年ぐらいまでほとんど記憶がない。恐らく自力で生きていなかった。妻には「多分その頃は人間ではなかった」と表現している。それでも運良く様々な環境と出会い、ちょっと変わった経験を経て何とか人並み程度のアイデンティティを形成する事ができて今がある。

だから、前述の「幼い頃の記憶がない大学生達」の気持ちは良くわかる様な気がする。それは日本社会全体が無意識に求めている”子ども像”が生んでしまう現象だと思う。もっと遊びの価値を共有すべきだと確信している。群れて遊ぶのが子ども期に必要なこと。それがしにくい現代においては器をつくることが大事。そして何より子どもだけに注力しても変わらない。大人が変わらなければ子どもの環境は変わらない。これが何より重要なこと。器だけでなく心が変わること。

これからオープンする岩見沢市あそびの広場はどのようなコンセプトか?消費あそびになってしまうのか?注視していきたい。

***

さて、自分の子育てを振り返ると・・・。恥ずかしながらこの様な知識に乏しく、子ども達がもっと小さなうちに気がついていれば良かった・・ 。と心から反省しています。まぁ、、そう言った面では何とも子ども達に申し訳ない気持ちで一杯ですが、これから世代に合わせて出来ることで挽回したいと思っています(汗)

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