選挙戦をふりかえり(2)

(1)より続く

11148374_1030056007035021_2905776557651362805_n良い方としては、スピーチが終わると「きっと誰も聞いてくれていないだろうな・・」と感じていても、近くの家の窓から拍手をくれたり、更には玄関から出てきてくれて握手をしてくれたり。

我々にしても、「うるさくしてご迷惑をおかけしてすみません。」という思いが強く、「もしかしたら怒られるのでは?と」思うようなシチュエーションも時折発生してしまうのも事実です。それでも終わると拍手をくれて「頑張って!」と言ってくれる人がなんと多いことか。

ある時には共○党さんの立て看板がある近くで気づかずにやってしまい、そこの庭で作業をしている人がいる。スピーチしながら様子を見ていると、完全に無視をして作業をしていると思いきや、スピーチが終わると立ち上がりこちらへ向かってくる。

何か苦言を言われるだろうかと身構えたら、拍手をくれて「頑張って!」と握手の手を差し出してくれることも。

何せ、遊説にしても街頭演説にしても、ほとんどの場合でリアクションが無いのが実態ですが、それでも窓から顔を出すことなく家の中で聞いていてくれている人がいてくれるはず・・・と、淡い期待の下に街頭演説を繰り返してきました。それが手法として正しかったか、また、多くの人に思いを伝えることができたのかどうかは全くわかりません。

しかし、選挙期間が終わってtwitterで検索してみると、こんな投稿を見かけました。

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これが私の事をさしているかどうかの確証はありませんが、きっとこういう感想が聞きたくて563回の街頭演説を繰り返してきたのは事実です。

ただ、この様に受け止めてくれる人がいる反面、逆にキタナイものでも見るかのような扱いをされることも多かった様な気もします。まるで議員を目指して選挙に出るのが、私利私欲のためで、そんな人間は許せない!というかの如く・・。

その様な対応を取られると、なんとも傷つき凹むのも事実ですが、そんな環境を生んでいるのも民意と政治に携わる人間の悪循環が要因となっているのは間違いありません。

これまでも世の中には沢山の志の高い政治家がいたと思うのですが、そういう人たちは大概人気取りがヘタです。選挙も弱い傾向があると感じています(今回の選挙戦においても正論を掲げられる貴重な人材を失いました)。逆に政治を名誉職と捉え、単なる口利き議員として存在し、日頃の政治活動より地域への利権誘導や口利きを優先する人の方が、選挙時も民意の受けが良く、結果としてまともな人が淘汰されてしまうことを感じています。これは私自身の実感として、”ごく一部”ですが「何でこんな人が議員をやっているのだ?」と思う様なことも発生しているのも事実です。

だから政治も停滞します。結果、民意の期待も遠のきます。悪循環です。


それを変えていくために、消去法でも良いから自身で選んで投票をしてほしいと願っています。日頃、広報等で、更にはインターネット等でどれだけ情報を発信し、どんな考え方を持っているのか。

そんな情報を候補者は常に発信する努力をする。有権者はそれを元に、適正なジャッジをしていく。これが政治に信頼を取り戻し、より良い未来にむかって進める根幹になるような気がしてます。

それが今回の選挙日程の中で強く感じたことの一つでもあります。

それが出来ていない現実というのは、「政治不信」の要素が強い反面、誰がやってもそこそこにはなるのだろう?という「政治過信」が背景にあるような気がしています。せめて投票率が上がってきたら、もう少し違う結果が出ることも想像されるところではありますが、投票率が伸び悩む現状においては、地盤と組織のあるところに叶うことは難しく、果たして一部地域や組織を抱え、そこへの優先を掲げている人を本当に民意は望んでいるのか?という部分から咀嚼していかなくてはならない、根の深いものだと感じています。

 

(3)につづく

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