あらためて「報徳仕法」に触れる機会が増えてきたような気がします。

〈令和8年9月1日投稿〉

9月の第3回定例会では、一人会派になったがゆえ、一般質問の持ち時間はわずか20分と非常にタイトになってしまいます。しかしながら、その持てる時間を最大限に活用し、大項目で5つ、中項目で14の質問を組み立てました。その内容については、また後日紹介させていただきます。


さて、色々なまち歩き的なガイドをやっていると、「報徳仕法」という言葉に接することが多々あります。岩見沢周辺では辻村直四郎氏や小林篤一氏などが思い浮かびます。

これは、言わずとしれた二宮尊徳(金次郎)の教えということになりますが

二宮尊徳が実際に実践し説いてきたことであり、江戸時代後期に、荒れた農村や財政難の藩・村を立て直すために行った「地域再生・経営再建の方法」の手法と表現できると思います。

私自身、恥ずかしながら上辺の情報しか知らない状況ですが、ひと言でいえば、

「今ある条件を直視し、身の丈に合った暮らしと経営を行い、余力を将来のために回しながら、地域全体を立て直していく仕組み」と考えています。

中心になる考え方は、主に4つ。

【至誠(しせい)】
誠実に取り組むこと。ごまかさず、現実を見ること。

【勤労(きんろう)】
自分にできる仕事をきちんと行い、価値を生み出すこと。
単なる「働け」という精神論だけではない。

【分度(ぶんど)】
「自分たちの収入や生産力はどの程度なのか」を把握し、その範囲内で支出するという考え方。現代風に言えば、「身の丈に合った財政運営」、「持続可能な予算」となります。

【推譲(すいじょう)】
分度を守って生まれた余剰を、自分だけで使い切らず、将来や他者、地域のために回すこと。例えば、農地改良や困窮者支援、次の生産の元手に活用することです。


このように「報徳仕法」を改めて考えてみると、現代の縮小社会において、非常に重要な示唆を与えてくれます。

どうしても「イマダケカネダケジブンダケ」が蔓延りがちな現代、今一度、自分たち一人ひとりがこのような観点で暮らしを見つめ直すことが必要になってきていると感じます。

次回、少し長文で投稿しようと思っていますが、今後益々日本全体が立ち行かなくなる中で、改めて報徳仕法の「至誠」「勤労」「分度」「推譲」という言葉に重みが増してきます。

残念ながら、社会全般では一般受けする考え方ではないかもしれませんが、私自身は、このような思想こそが重要だと信じ、襟を正していきたいと思う次第です。