「彦九郎 山河」と衆議院選挙

〈令和8年1月27日投稿〉

本日から衆議院選挙が始まりました。

そのような日ではありますが、年が明けてから少しずつ読み進め、今晩読了した本が「彦九郎山河(吉村昭/文藝春秋)です。

実は私の歴史の知識の大半は吉村昭の小説かもしれません。
好きでこれまでそれなりの数を読んできました。

後にNPO法人炭鉱の記憶推進事業団の前理事長であった故吉岡宏高さんも吉村昭ファンであり、全集を含むかなりの冊数を持ってると知り、時折共通の話で盛り上がっておりました。

予期せぬ急逝の際、自宅に残された膨大な書籍の中から、形見分けにもらったのが、これまた大量にあった吉村昭の著書です。私の書斎に大きめの書棚を一つ追加購入するほどの量をいただきました。

以降、なかなか纏った時間が取れず、なおかつ心の余裕もなく・・、という日々を送っていて、そのコレクションをじっくりと読むことができずにいるのですが、1年半前、胆石の手術のために入院した際に持ち込んだ本が「彦九郎 山河」でした。

術前も術後も痛みがあって集中できないばかりか、登場人物が膨大で、なおかつ日本中を移動するために出てくる地名も多すぎて、非常に難解な読み物となりました。

結局、入院中は読み進めることができず、そのままずっと後回しにしていたのですが、この度、年始から冬季間の隙間時間でなんとか1年半の時を経て読み切ることができました。

ざっくりと紹介すると、高山彦九郎(1747~93年)は名の知られた儒学者であり尊王思想家。

幕府による武家政治に疑念を抱き、「尊王」「勤王」の念を抱き、王政復古を理想とするがゆえ故郷も追われ、結果として全国を旅しながら生きることとなります。当初は行く先々で多くの儒学者、蘭学者、公家等の識者に歓迎され、交流を深めるも、幕府から危険人物としてマークされるようになると周囲の反応も変化し、いよいよ追われる立場に。

当時は極刑に至る思想ゆえ、最後は久留米で自刃するに至ります。

しかしながら、高山彦九郎の膨大な日記や手記が残り、これらの思想と生涯は吉田松陰などを始めとする幕末の志士たちに影響を与え、死後74年を経て、明治維新へと至る王政復古の大号令が発せられることになるのです。


今日は衆議院選挙の公示日となりました。
お陰様で現代は政治に疑念を抱けば、構造上は民意で政治を変えていくことができる時代になっています。

しかし社会不満は解消されることはありません。

改めて考えるに、国を憂い、身を挺して行動するにも、広い知識を礎とした思想が不可欠であり、現代の私たちにはそれが足りていないがゆえ他力本願の風潮が現出し、世の政治も党利党略が優先されて見えてしまうのかもしれません。

私自身、改めて自己を省みつつ、利己を優先するのではなく社会全体”Common good”を見据え、自己修練を第一義とし、自らの思想・信条を強化していかなくてはならないと思うのです。

とても難しいことではありますが、それを大事に思わなくなったときは政治に携わる資格が失われたと自覚するべきだと思っています。

気を引き締めていきます。

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