〈平成31年4月20日投稿〉
この度の選挙戦において、自身初となる個人演説会を5ヶ所開催していただけました。
どの会場も特色があり、刺激的な経験でした。
その詳細は後日ご報告させていただくとして、今回は個人演説会でどの様なお話をしたか記載させていただきます。
私には政治に携わる中での目標があります。
それは志民協働です。
そもそも志民とはなにか?
私が考えるものは
■自分”たち”の環境を良くしたいと行動出来る人
■自分”たち”の環境を良くしたいという行動を応援できる人
■自分”たち”の環境が良くなることに感謝できる人
■その他
と定義づけできると思っています。
なぜこの志民が大切なのか。
私達は「行政はサービスを与えてくれる側。市民はサービスを受ける側」という考え方を持ってはいないでしょうか。
でも今は少しずつみんな気づき始めている。まさしく時代が大きく変化してきていることを。
報道等でもご承知の通り、現在人口の減少が止まりません。以前、地方消滅などの言葉が話題になった時期がありましたが、それは国立社会保障・人口問題研究所が推計した数字が基になっていて、昨年の3月にその推計の最新版が出ています。
結果は前回より更に厳しい状況が示されています。
例えば、現在の岩見沢市の人口は約81,000人(ちなみに私が議員になった6年半前は現在より約7,300人多かった)。
今回の推計では僅か21年後の2040年には53,640人。それから更に5年経つと5万人を大きく下回り、47,586人となってしまう予測がなされています。
ちなみに日本全国の減少率は2000年を100とした場合、2045年の減少比は83.8%
岩見沢市の場合はなんと45年間で人口が半分以下となる49.4%となる予想。
ちなみにただ減るだけではなく、人口ピラミッドはもっと深刻な状況を私達に予想させることとなります。
上は2000年時点の岩見沢市の人口ピラミッド。
明るい色は14歳以下の年齢。真ん中の濃い色は15歳~64歳までの生産年齢人口。上部の薄い色が65歳以上を示している。
これが2045年の岩見沢の予測は・・・
ただ人口が減るだけではなく、65歳以上の高齢者と生産年齢以下の人口の割合がアンバランスになっていることが理解できると思います。
しかし現在も、旧産炭地の様に過去に人口が多くいたものの、現在はピーク時の10分の1程になってしまっているまちもあり、岩見沢だって問題ないのではないかと思われる方もいるかもしれません。
しかし、現在の岩見沢市の大きさ、規模のままで人口だけ減ることを想像すると、道路や上下水道などの公共インフラ、除排雪等の公共サービスの規模は現在のままを維持しなくてはならず、少ない人口割でその規模を維持していけるのか?それは財政的に無理が生じます。
以前策定された、岩見沢市公共施設等総合管理計画によれば、岩見沢市の公共施設は2016年から2060年までの将来更新費用計が6521.5億円かかると予測されており、1年に均すと約145億円/年も必要。しかし財政の縮小等を考慮すると実際に充当可能と思われる学は約63億円/年となり、年間、約82億円もの不足が生じることが想定されています。
更には人口が減ることにより地域経済の縮小を招き、それは岩見沢市の税収の減少に繋がります。
言い換えれば、家計において身の丈に合わない額が毎年必要とされる中で、給料はどんどん減っていく状況。
しかし、私達の要望は家の前の道路を整備してほしい。公共交通に補助を出してもっと使い勝手を良くしてほしい。除排雪もまだまだ良くしてほしい。◯◯に補助金を・・・等々、様々な期待があります。
しかし何をするにも費用がかかり、まさしく無い袖は振れない状況が予測されます。
だから、ずっと岩見沢に住み続けたいと思える施策を展開し、人を減らさない努力が必要。それと平行して、日本中の人口が減っていく状況下においては、やはり岩見沢も余程のなにかがなければ人口減を止めることはできない。だったら極力痛み少なく、まちを緩やかに縮ませる準備と意識の共有をはかっていかなくてはなりません。
これは今まであった公共施設や公共サービスが規模の縮小や、そのものの存在がなくなる厳しいことも想定されます。
その様な事を考えると、厳しい状況は頭では良くわかるが、かといって感情としては納得できないということが進行すると思われます。
だからこそ、政治の役割が変化し、これまでは地域や組織等に何かをもたらすのが政治の力だったかもしれませんが、これからはこの「理と情」の整理、調整をしていくのが政治の役割になってくると認識しています。すなわち汚れ役的な役回りになってしまうと思われます。これもある意味、議員の担い手不足の一因となりつつある気がしています。
またその様なことを考えていくと、まずは市役所や議会・議員は市民一人ひとりに岩見沢市の現状や未来予測をしっかりと知ってもらうことにエネルギーを割かなくてはならないと思われます。
しかし発想を変えれば、その様な公共サービスもお金さえあれば維持できるし、寧ろ除排雪等を始めとする様々なサービスのさらなる充実も図れることとなります。
だから岩見沢市以外からの外貨を稼ぐことが重要です。これは地場産業の農業等の振興や、その販売方法によるプレミアム性を育んでいくこと。また、観光等々を含めた関係人口の増加による観光収入や諸事関係収入を高めていくことなどが必要となります。
そしてその他にも、地域にとっても最大の投資となる「子育てや教育」に関する施策をしっかりと行わなくてはならないこと。
これらを進めていくためには・・・
真っ先に変化していかなくてはならないものとして、二元代表制の一翼を担う「市議会」があると考えている。
前回の立候補時にも議会改革を掲げさせていただきましたが、抜本的な改革には至らず、広報広聴委員会の委員長として、議会の広聴機能を強化するための「議会と市民の意見交換会」的な手法の定期開催化。また本会議のインターネット中継の実現などをしてきましたが、まだまだ上辺のものです。
実際に進めていかなくてはならないことが沢山あります。
また、今、政治不信が多く言われています。
私自身、普段の政治活動や今回の選挙活動でも、「政治は宗教や押し売りと同じ」という言葉を耳にするほど、政治が市民の人々にとっては異質なものであり、軽蔑されるようなものという印象をうけることが多々あります。
さらに政治過信があります。
これは誰が政治家になっても世の中は同じという誤ったイメージです。政治は間違いなく人で変わります。私自身もそうですが、耳障りの良い言葉を吐くわけでなく、寧ろ厳しい状況を前面にお伝えしていく立場だと、やはり選挙には弱いです。
誰だって耳障りの良いことを言う人の方が、目先の印象は良いに決まっております。だから地域の課題を正面に出して真っ当な事を言う人は選挙に弱いと言えるのかもしれません。
また、現在の政治不信や政治過信はどこから来るのか。
私はこの言葉を大事にしています。
「青年よ大志を抱け」というクラーク博士の言葉に続く言葉です。
金銭は我欲のためではなく、また人呼んで名声という虚しいもののためであってはならない。人間としての当然備えていなければならなぬ、あらゆることを成し遂げるために大志を抱け。
という言葉。
まさしくこの、「金銭や我欲」、「名声」といったものではなく、地域の現状を認識し、その上でどんな判断をしていかなくてはならないのか。それを見つめられる「大志を抱く」人間の集まりが議会にならなくてはならない。
だから私は自分には一銭の徳もないのに、まちの未来のためと一緒に力を合わせてくれる同志の皆様とともに、その先頭にたって世の中に背中を見せていきたい。
そしてそのために、、
今回の選挙ではどうしても勝たなくてはならないこと。また一票でも多くほしいという正直な気持ちをお伝えしてきました。
結果として、どの会場も来場してくださった方々の顔つきが変わる経験をしました。
そして今回の選挙を通し、冒頭にお伝えした”志民”が増えていく感覚と手応えを得ています。
これが票に繋がるのかどうかは未知数ですが、その様な仲間が沢山ふえてきている事は、かけがえのない私の財産になりつつあります。
*人口等データ引用
GD Freak!
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