平成30年第三回定例会 一般質問議事録〈炭鉄港に関して〉

〈平成30年12月16日投稿〉

9月定例会の一般質問について、その議事録を転載します。


1 炭鉄港推進に伴う地域価値の向上について

(1) 岩見沢の価値に対する認識について
日本遺産登録申請が予定され盛り上がりを見せる炭鉄港に伴い、岩見沢の価値をどう認識しているか

(2) 現存する資源について
今後、現存する資源をどう連携、活用していくか

(3) 岩見沢市都市計画マスタープランとの整合性について
既存計画との関連性を深め、より実行力のある計画へ

(4) 岩見沢市の観光振興等各種計画との関連について
関連性の向上と見直し、追記等への見解について

(5) 炭鉄港に期待する今後の展望と課題について
①岩見沢市として、この取り組みが推進されることで期待される効果とは
② 現在、課題として捉えていること及びその解決に向けて


動画に関してはこちらからご覧になれます。

ippan3009
https://youtu.be/LVXzOmR_ZYI


以下、議事録転載

○議員(平野義文君)〔登壇〕 通告に従い、一般質問をさせていただきます。

 このたびの台風21号において、大きな被害に遭われた皆様方に心よりお見舞いを申し上げます。

 また、その直後に発生した胆振東部地震において、とうとい命を落とされた方に対し、心よりお悔やみを申し上げるとともに、甚大な被害に遭われた皆様にお見舞いを申し上げ、一刻も早い復旧を心よりご祈念を申し上げます。

 このたびは、現在、日本遺産登録に向け機運が高まりつつある炭鉄港推進に伴う地域価値の向上について、数点お伺いをさせていただきます。

 まず、最初に炭鉄港における岩見沢の価値に対する認識について、ご質問をいたします。

 近年、報道等でも炭鉄港の言葉を見聞きする機会がふえてきたかと思います。

 改めてこの取り組みを整理すると、北海道開拓期から近代、そして現在までの流れにおけるきょうの北海道を築く礎となった空知の石炭、それを積み出した小樽、室蘭の港、石炭が支えた室蘭の製鉄、それらを結んだ鉄道が生み出したモノ・コトを炭鉄港と称し、先日、北海道空知総合振興局地域創生部地域政策課で製作した動画から引用すると、炭鉄港とは、空知、小樽、室蘭において鉄道で結ばれた北海道の物語。薩摩藩で始まった日本の産業革命の芽が北海道で花開いた近代日本の原動力と位置づけられております。

 この取り組みは、空知総合振興局を初め各地の民間主体が中心となって2010年に始まり、年々着実に成果を積み上げ、せんだっての7月13日には、この岩見沢の地において、空知管内の10市町・小樽市・室蘭市、観光協会、商工会議所・商工会、その他関係団体、そして空知・胆振・後志総合振興局をメンバーとして80名近くが集い、炭鉄港推進協議会が設立されたのは大変大きな一歩かと思います。

 その推進協議会のことを掲載した報道記事によれば、早ければ来年2月に炭鉄港の日本遺産登録申請を目指すとなっております。

 日本遺産とは、地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーとして文化庁が認定をするもので、有形や無形のさまざまな文化財群を地域が主体となって総合的に整備・活用し、国内だけでなく海外へも戦略的に発信していくことで地域の活性化を図ることを目的としています。

 そこで改めて、この炭鉄港が我々市民にとってどのような価値があるかというと、ともすれば、単なる観光施策として捉えられがちな側面もありますが、今後、年月が経過した際、この取り組みがしっかりと育まれていくことにより、私たちにとって重要な地域アイデンティティーとなる大きな要素を含んでいます。

 その中で今、空知の中核都市であるこの岩見沢市がどのような意志を有するのかがとても重要だと考えています。

 岩見沢が炭鉄港にかかわるベースとしては、例えば明治15年に、幌内炭鉱の石炭を運搬するために国内3番目の早さで敷かれた官営鉄道手宮・幌内線は、この岩見沢を中継地として発展をしてまいりました。明治24年以降は岩見沢駅を起点に砂川、歌志内方面の炭鉱を結び、明治25年には岩見沢を終点として室蘭港へと鉄路が接続され、その後、ピーク時には100を超える空知の炭鉱で産出された石炭の多くが、この岩見沢を中継し、小樽方面や室蘭方面に振り分けられ、本州などへ送られていった経緯があり、岩見沢はかつて国鉄が公式に国内で鉄道のまちとして認定していたわずか12のうちの一つでありました。

 これは開拓当初から、この岩見沢に大きな地の利があったことを示すものであり、残念ながらエネルギー政策の転換によって、その地の利が低下し、現在に至っております。

 しかし、この炭鉄港が日本遺産登録となり、また今後盛り上がりが予想される2015年に世界遺産となった明治日本の産業革命遺産、製鉄・製鋼、造船、石炭産業との強い関連性が認知され関心が高まることを考慮すると、これまで負の遺産と言われがちだった空知の産業遺産の数々、また小樽、室蘭等とのつながりがとても大きな価値を持つことになってまいります。

 そのときに、今は失われつつある岩見沢の地の利が再度脚光を浴び、元来、河川の接節点でもなければ中山間地域でもない、もともと人が住みつき、まちとして発展する要素が少ない地形にもかかわらず、空知の中核都市となったアドバンテージが見直されるものと考えます。

 そこで改めて、この炭鉄港の取り組みにおける岩見沢の価値について、どう認識をされているか市長の見解をお聞かせをください。

次に、岩見沢に現存する資源について、お伺いをいたします。

 先日8月29日付の北海道新聞の夕刊、今日の話題のコーナーで芥川賞作家、朝吹真理子さんの新作に絡めて、岩見沢市栗沢町万字の話が掲載をされておりました。この作家、朝吹真理子さんの高祖父は明治時代の実業家である朝吹英二氏であり、この万字の炭鉱を保有し、明治36年には旧北炭が経営を担うことになりますが、その際、朝吹家のまんじの家紋にちなみ、現在の漢字の万字と命名したことが栗沢町史に記されていること、またそれと同時に、岩見沢東部丘陵地域の産業遺産等の魅力を紹介をしてくれておりました。

 改めて今を生きる私たちは、過去を振り返るとき、本州の深い歴史に価値を見出しがちですが、実は私たちはもっと身近な足元にある歴史とストーリーに目を向けることで地域に誇りと愛着を持つことができると確信をしています。

 例えば、岩見沢にも今述べたような東部丘陵地域の産業遺産が数多く残っています。その生い立ちの背景を知れば、より魅力が増すことは間違いありません。

 また身近なところではJR岩見沢複合駅舎の北側にある岩見沢レールセンターがあります。壁面の星のマークは皆様ご承知のとおり北海道炭礦鉄道会社の社章であり、その社章のもとになったのは、幕末の1867年に開催されたパリ万博に、江戸幕府の抗議を受けながらも、薩摩藩が一つの国として出展する際、諸外国から国としての扱いを受けるに当たり勲章が重要であるという認識のもと、フランスのレジオンドヌール勲章を見本としてつくられた薩摩琉球国勲章であると言われています。

 この現存する岩見沢レールセンターは1899年、19世紀に建てられた貴重なものというほかにも、当時は同様の建物が幾つも連なる壮観な景色を思い描けること、また明治37年から、日露戦争の影響で鉄道国有法が発布される明治39年まで、炭鉱、鉄道、港湾、海運等を担うため国内の経済界と政府の支援を受け、非常に大きな企業であったこの北炭がこの岩見沢に本社があったことなど、さまざまな歴史が透けて見えてまいります。

 北炭は、この鉄道国有法により鉄道部門を失ったことで、本社が岩見沢ではなく室蘭に移転するわけでありますが、その際、北炭とイギリスのアームストロング社、ビッカース社との共同出資で立ち上げたのが株式会社日本製鋼所であり、まさしく室蘭が鉄のまちとなった起点がつながってまいります。

 さらに、この岩見沢で炭鉄港に関連するものとして、昭和24年につくられ現在も活用されているJR岩見沢駅の跨線橋に、天井のはりとして再活用されている古レール群の中には、今から約128年前の1890年、まだ設立間もない北炭がドイツのクルップ社に発注したことがわかる刻印を記した貴重なレールも現存しており、そこから日本の産業革命の歴史に思いをめぐらせることもできます。

 また、今から136年前の明治15年にアメリカから輸入され、岩見沢にかかっていたトラス鉄橋を皆様も御承知のことと思いますが、非常に数奇な運命をたどり、幾度か命拾いをしながら1999年に岩見沢に里帰りをしています。

 間もなく岩見沢に里帰りをして20年が経過しようとしていますが、この橋は北海道開拓におけるお雇い米国人とのエピソードはもとより、専門家に伺うと、世界的に見ても非常に価値のある希有なものであると言われています。それが岩見沢に存在する意味もこの炭鉄港の機運の高まりとともに検討する時期にきているのではないかと思います。

 さらにここで多くは述べませんが、歴史には表裏あり、囚人への人権侵害や時代を隔て、徴用等デリケートな歴史も存在するものと認識をしております。また近代化の推進力の背景には戦争が大きな要素となっていることも事実かと思います。

 しかし、それらを含めて知ること、伝えること、理解することが何より必要であり、なおかつ岩見沢市単体で語ることなく、炭鉄港や世界遺産となった明治日本の産業革命遺産等を含めた広域の視点で認識することが重要だと考えております。

 これまでは高度経済成長の恩恵を受け、過去を振り返る必要がなかった時代から、改めて自分たちの足元を見直す時期に来ているような気がします。そのムーブメントは今後ますます高まることが予想され、自分たちの地域の価値を見直し、その時の流れに敬意を表し、みずからのまちに愛着を持つべき時期に来ているのだと感じています。

 そこでこのような多大な価値を持つ岩見沢の資源に対し、今後どのように活用していくことを考えておられるか見解をお聞かせをください。

 次に、炭鉄港と都市計画マスタープランとの整合性について、お伺いをいたします。

 改めて今後の取り組みを考察するとき、道筋を多くの人々と共有できる市としてのビジョンが必要かと思われます。それには、やはり既存の計画との整合性を図ることが重要だと認識をしておりますが、現在の岩見沢市都市計画マスタープランを見ると、現状と課題認識において、岩見沢市は歴史的資源、まち並み景観において、交通の要衝として発展した歴史を有していること、また、老朽化により歴史的な建築物や建造物の除去される可能性があることから、交通の要衝や農業地帯としての市街地発展の歴史を伝える建築物、建造物の価値を再評価し、保存・利活用などに取り組む必要性が述べられ、現存する歴史的建築物・建造物の一例として、幾つかの事例が挙げられています。

 また、これまでの都市づくりの具体的な取り組み(実現化の方策)の進捗においても、鉄道のまち、教育のまちとして発展してきた資源の利用を考えるとともに、既存産業施設を市民活動の場などとして再生することを方策として位置づけており、また具体的施策の中で、鉄道や炭鉱など岩見沢の歴史的資源を生かして、まちでの親しみや魅力の向上、情報発信に取り組むと記載をされております。

 これらの方向性は現在推進協議会が立ち上がった炭鉄港とのリンクでより明確になり、また日本遺産登録という価値が付与されることとなれば、なおさら市として未来の岩見沢市の魅力、価値向上に向け、積極的に取り組むべき事項と認識されるものと考えます。

 よって、北海道、空知関係自治体、小樽市、室蘭市等の広域の取り組みにおいて、改めて岩見沢市としてもその取り組み方針を打ち出すべく、都市計画マスタープランとの整合性を高め、より実効性のある計画とすることが必要と考えますが、市長の考えをお聞かせをください。

 次に、観光振興として、炭鉄港と岩見沢市の観光振興等各種計画との関連について、お伺いをさせていただきます。

 これまでに策定された岩見沢市観光振興ビジョンにおいては、中長期に取り組む事業として、レールセンターと連携した取り組みや旧万字線、幌内線等に関連した鉄道遺産、炭鉱遺産などの歴史資源の活用が明記をされています。

 また、平成28年に策定された観光振興戦略にもヒストリーツーリズムとして炭鉱跡や炭山、その歴史や過去の遺産等を岩見沢市の魅力とともに発信するとあります。

これらは岩見沢市単体で見ると人を呼び込む絶大な効果を発揮するとは言いがたいものがありますが、炭鉄港のくくりにおいて、空知、小樽市、室蘭市等との連携により、わずか150キロ圏内に2015年に認定された世界遺産、明治日本の産業革命遺産と大きく関連し、それらに匹敵するストーリーと現存物があること、また、最盛期には人口約90万人を数え、現在は30万人を切ってしまった空知においては、その最盛期を担った産業遺産群が多数現存していることから、ドイツのルール地方のように、経済的・環境的にも負の遺産となっていた地域において、IBAエムシャーパーク構想によって地域のベクトルが衰退から発展へと切りかわり、現在では世界でも有数の観光地となっている例は大いに参考になるものであり、規模は異なれど、この空知には大きな可能性が秘められていることがわかります。

 現在、この空知においてはことしの4月に夕張市石炭博物館がリニューアルオープンし、既に年間目標来館者を大きく超える人々が訪れております。

 また、赤平市では市が保有した旧住友炭鉱の立て坑が見える位置にガイダンス施設が整備され、こちらも多くの人々が訪れております。

 今、時代の変化が顕著になり、今後は地域の産業遺産等に価値を見出すヒストリーツーリズムや研修や学びを主体としたエデュケーショナルツーリズムにおいても大いに高まりを見せてくると思われ、観光の手法も1ないし2カ所に滞在し、そこを拠点として周囲のまちへと足を伸ばしてもらうハブ観光のスタイルも一般化してくると予測されています。

 そのときに改めて岩見沢市が開拓当初からアドバンテージとしてきた地の利が再度脚光を浴びてくるものと確信をしています。

 今後、日本遺産登録申請の話題とともに、炭鉄港に関する一連の期待が高まることが予想されています。

 この地域により多くの人が訪れるようになるために、関連地域が連携して価値を高めるための計画と実行が必要と考えられますが、この空知の中核都市である岩見沢市において、観光振興に対し、より実効性を高めるため、既存計画との関連性の向上と見直し及び追記等の必要があるのではないかと思われますが、市長の見解をお聞かせをください。

 最後に、炭鉄港に期待する今後の展望と課題について、お伺いをいたします。

 この炭鉄港というのは、これまで重要と考えられつつも後回しにされてきた地域資源の活用を見直す重要な転換期になると認識をしています。そのためにもまずは知ること、知ってもらうことが重要であります。

 この炭鉄港は、空知が日本の近代化にどう関与してきたのか、この岩見沢がその一翼を担うためにどのような役割を果たしてきたのかを知ることにもつながり、それはこれからのまちづくりを見出す中で、過去から現在への歩みの延長線上に未来の価値を見出す、そのための大事な指標になると確信をしています。

 また、それがひいては自分たちのルーツを再認識し、地域に誇りと愛着、シビックプライドを抱くことにつながるのではないでしょうか。

 そして、これまで述べてきたように、この炭鉄港という取り組みはこれまでなかなか大きな成果として実現することが難しかった広域連携が、一つの芯が通ることで現実のものになり得る期待感があります。

 さらに、これまで岩見沢市において各種計画にも明記されてきたように、歴史や文化が価値のあるものと認識されつつも、現実には目に見えない未来の成果のために投資することができない状況を変化させ、市内外で共通の見解のもとに活動を育んでいけるよきチャンスを得られるものと考えています。

 くしくも今年は北海道命名150年の節目でもあります。改めてこの炭鉄港の取り組みに対する期待をお聞かせください。

 また、何を行うにもエネルギーが必要だと思います。現在、地域に難しい課題が山積する中、行政には人も金も不足している状況と認識をしており、直接的、短期的なリターンを期待できないものに注力しがたいことが考えられます。とは言え、それが手をつけない理由になると、これまで同様、一向にそういった傾向の物事が進展しない懸念があり、それはせんだって空知総合振興局で製作された動画の言葉をかりると、今、私たちが大切な資産として未来につなげていくべきものとあるとおり、現代を生きる私たちが、既存の地域資源を今後の岩見沢に価値あるものとしてバトンをつなぐことができないこととなってしまうのではないかと危惧をしております。

 そこで改めて、現在課題として捉えていること、その課題をクリアするためにどのようなことが必要と考えておられるか、市長の見解をお聞かせをください。

 以上、一般質問といたします。

○議長(井幡修一君) 市長。

○市長(松野 哲君)〔登壇〕 平野議員の一般質問にお答えをいたします。

 炭鉄港推進に伴う地域価値の向上についてでございます。

 初めに、炭鉄港の取り組みについての当市の価値に対する認識についてのお尋ねがございました。

 今日の岩見沢市の発展のもとの一つは、空知の石炭を背景として、開拓期から形成されてきた充実した交通網と、それを基盤として集積してきた都市機能により、形づくられております。

 今また、炭鉄港の取り組みの進展に伴い、当市が、かつて炭鉱と港湾、鉄鋼を結びつける拠点であったように、各地、空知、小樽、室蘭に所在する有形無形の歴史的資源を結ぶ拠点としての機能が高まるものと考えております。

 こうしたことから、当市の歴史的経過や立地などは、炭鉄港の取り組みにおいても価値のあるものであり、可能性を秘めていると認識をしております。

 次に、現存する資源の連携、活用についてのお尋ねでございます。

 当市には、1889年に設置された北海道炭礦鉄道岩見沢工場が、JR北海道のレールセンターとして現存しておりますが、歴史的な価値という視点から考えますと、かつて炭鉱、鉄鋼、港湾が鉄道で結ばれることで一連のものとして機能し、我が国の一時代を支え、また、各地域の独自の文化に与えてきた影響や特色が現在もうかがい知れる状態にあることは意義があるものと考えております。

 こうした地域資源が有する歴史的・文化的価値を引き継いでいくための保存や活用のあり方につきましても、その管理が所有者に任せられているという実情も踏まえ、平成30年7月に設立された炭鉄港推進協議会において、広域的な視点も交えながら早急に検討されなければならないと考えております。

 次に、都市計画マスタープランとの整合性についてのお尋ねでございます。

 都市計画マスタープランでは、地域ブランディングの推進のための具体的施策の一つとして、歴史的資源などを生かしたまちづくりを掲げ、炭鉱・鉄道関連施設などを含む歴史的資源の価値を再評価するとともに、まちづくりへの活用を検討することとしており、炭鉄港の取り組みの考え方とも整合していると考えております。

 次に、観光振興等各種計画との関連についてのお尋ねでございます。

 当市に現存する歴史的資源を生かした観光振興につきましては、観光協会などによりいわみざわ鉄道EXPO等の開催やレールセンターや炭鉱遺産などを専門ガイドが観光タクシーで案内するツアーなどに取り組んでまいりました。

 今年度、新たに策定した平成32年度までの観光振興戦略には、より広域連携の視点を強化して、炭鉱跡等の産業遺産やその歴史をめぐるツアーの開発や北海道150年事業との連携を明記したところであり、観光協会においても、空知の自治体や観光協会と連携し、歴史的資源を生かした新たな旅行商品の開発に取り組むなど、各種計画や広域連携の推進など関連性の向上も進められていることから、現在のところ、計画の見直しや追記等の予定はございません。

 次に、炭鉄港の取り組みに期待する今後の展望と課題についてのお尋ねであります。

 炭鉄港は、関連するそれぞれの地域が、近代の歴史の中で果たしてきた役割に改めて光を当て、地域の誇りと愛着を再認識する取り組みでもあり、当市においても、地域の活性化やまちづくりへの活用、観光などへの波及効果等につながるものと期待をしているところでございます。

 一方で、課題とそれをクリアするための方策でございますが、炭鉄港の歴史的資源とストーリーを長く引き継いでいくためには、現存する地域の資源を、単に保存・継承するという観点にとどまらず、将来に向かって、その資源にどのように現代的な価値を付加し、どのように活用していくかという方向性を明確化し、地域の中で広く共有していくことが必要と考えております。

 こうした全体の大きなビジョンとそれを実現するための戦略につきましては、炭鉄港推進協議会の議論の中で、今後、地域政策として、地域再生・都市再生の道筋が具体化されていくものと期待をしているところでございます。

 以上でございます。

転載終わり

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