カテゴリー別アーカイブ: まちづくり的雑記

岩見沢SL保存会 ボランティア・会員募集のご案内

〈令和8年5月24日投稿〉

岩見沢SL保存会は、ほとんどの会員が80歳台ということもあり、現在、他の組織と同様に新陳代謝がテーマと言えます。しかし「鉄道の町 岩見沢」において、最近は岩見沢赤電保存会空知鉄道などとの協力体制や、OBの活動を下支えするI氏などのエネルギッシュな方々も多く参加するようになり、今後の保全技術の継承にも一定の期待が持てますが、やはりもっと沢山の若い世代がいなければ、この文化を残すことは難しいことになります。

そこで、この様な募集がなされているので転載します。

私自身もふらりと突然訪れても程よい距離感で受け入れてくれますので、興味がありましたらぜひ上記スケジュールのときに「初めてなのですが」と定期清掃日に訪れてみてはどうでしょうか?きっと快く受け入れていただき、良き居場所になるのではないかと思います。


技術的には、特に冬季間のシート囲いの技術はかなり高度で、全て木枠を設置してシートをかける周到さです。これは他の保存車両ではなかなか見られないこだわりではないでしょうか。美しく見事です。

ちなみに岩見沢SL保存会は、昨年の炭鉄港3-DAYS Weekenderにも鉄道OB自らがガイド役として参画してくれ、その御礼も兼ねて私も今年の春のシート外しに参加してきました。その時の様子をタイムラプスで記録してみました。

手際も見事なものです。

私自身の社会活動としては、炭鉄港全般の方に活動ウエイトがあるため、なかなかこちらの行事に参加することは叶いませんが、先日は塗装の塗り替えにあたり、古い塗膜を剥がす作業も始まったようです。ぜひ、お気軽に訪問してみては如何でしょうか!

岩見沢市絵画ホール・松島正幸記念館で”みねのまのおしごと展”を見学

〈令和8年5月18日投稿(遡り投稿)〉

たまたま、同じ5月31日(日)まで開催中の、炭鉱と炭鉱まちの絵葉書展の中に、昭和一桁台と思われる岩見沢市絵画ホール・松島正幸記念館(当時は岩見沢警察署庁舎)の画像がありました。

現在は、、、

という感じですが、内部は階段のつくりや各所の意匠に、当時の建築のこだわりが見られます。


さて本題。

今回の「みねのまのおしごと展」ですが、デザイナーの真野さんは、岩見沢駅を中心としたまちづくり団体「いわみざわ駅まる。」などでもお世話になっていて、私の選挙ポスターなども真野さんの手によるものです。

そんな縁がありましたので、先日、議会会派の会議後に見学してきました。

当時はまだまだ駆け出し感があったのですが、現在はすっかり実力派デザイナーとして一定の地位を築いていると感じるとともに、その活躍の場も大きく広がっていることと思います。
https://mineno.net/index.html

会期は5月31日(日)までとなりますので、ぜひ元岩見沢警察署の建築意匠等も楽しみながら見学いただければと思います。松島正幸氏の作品ももちろん、1階も2階も見どころが沢山です。

可能であれば、その足で「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」の石蔵展もご覧いただければ、活況にあふれる当時の炭鉱まちと共に、昭和初期の岩見沢の様子が残された絵葉書も見ることができます。(こちらも5月31日(日)までです。

樺戸道路(峰延道路)はご存知ですか?

〈令和8年5月13日投稿〉

現在の道道275号線、月形町と美唄市峰延を結ぶ「道道月形峰延線」です。

ちなみに西側が岩見沢市、東側は美唄市になります。

ここは明治14年に設置された月形の樺戸集治監と、翌年に設置された三笠の空知集治監とを結ぶ最短ルートです。当時、何か有事の際は、月形から石狩川を下り、幌向から陸路で三笠を目指すルートであったため、非常に時間がかかります。

そこで誰も踏み込まない湿地帯を貫く直線道路(厳密には泥炭の湿地帯を極力避けるため、1箇所折れ点があります)を開削したものです。


ここはその手法が強烈です。

測量は囚人が膝まで水に浸かり、測量する看守の船を押し、月形の円山と三笠の達布山で狼煙をあげ、その狼煙を目印に伐採と杭を打つところから始まります。

吉村昭の小説「赤い人」のシーンをAIで再現すると以下のような測量シーンになります。(あくまでAIによる想像図につき、色々とご容赦ください。)

砂利を敷き詰めたところでずぶずぶと沈下してしまう泥炭の湿地帯に道路をつくために、冬の間に切り出した丸太を凍った石狩川で対岸に渡し、それを筏のように敷き詰めて、その上に砂利を敷き詰めてできた道路です。

(下図、同じく生成AIによる作画)
※鎖の位置も腰に巻きたいのですが、何度やっても、どのような指示をしても何故か左右の足を結んでしまったりと、まだまだ上手く使いこなせてませんが、一昔前ではこんなものを作るのは自分には不可能だったことを考えると、これまた凄い時代になってきました。

実は今年の炭鉄港3-DAYS Weekender 2026では、月形町、三笠市、美唄市、岩見沢市の3市1町で協力し、この樺戸道路に焦点を当てるプロジェクトを準備中です。つい先日も各地の学芸員さんや担当職員の方にお集まりをいただき、秋の開催にむけ様々に方向性を協議したところです。

できればこの丸太がまだ埋まっているかどうかの調査も視野にいれていきたいのですが、道との協議の過程ではまだまだその実現は難しそうです。でも、この丸太が見つかったらまさに文化財としての価値は非常に高いものと思いますし、道路脇に説明看板とフォトジェニックな表示を設置できれば、地域の歴史を見直す大きなきっかけにもなるような気がしています。

これからの時代は、例えば岩見沢市単体で何かを実行しても、その効果は限定的なことがほとんどです。だからこそこの様な他地域との連携をwin-winの相乗効果とし、点ではなく線や面としての価値を高めることが交流人口や関係人口の創出に不可欠であると考えています。

ここは誰かに提案したところで”箸にも棒にもかからない”と認識しているので、私自身が関係者と協力しながらプレイヤーとして汗を流す覚悟です。


これは月形側で狼煙を挙げた円山の展望台からの風景です。遠くに樺戸道路が見えます。


明治の北海道に送られた囚人の中には、西南戦争などの士族反乱に関わった人々だけでなく、国会開設や自由な政治参加を求めた自由民権運動の関係者も含まれていました。彼らは、当時の政府から見れば秩序を乱す「国事犯」でしたが、別の見方をすれば、新しい日本のあり方をめぐって政府と対立した人々でもありました。

江戸時代から明治期へと、急激に時代が変化する中、国や環境を憂い、正しいことと信じた行動の結果、命を命と思わぬ人権無視の環境の中で、農地整備や道路開削などの北海道開拓の礎を担った人々の汗と涙の結果が今の私たちに繋がっています。

だからこそ、先日の報道でもあったとおり、その囚人たちの墓石を倒すなどの暴挙は、歴史を知らぬ浅はかな者たちの許せない行為なのです。今、私たちの価値観の中に、「歴史を知り、先人に感謝できる知識」が圧倒的に不足しているのだと思っています。

篠津山霊園において、樺戸集治監の囚人墓地にある墓石58基が何者かになぎ倒される器物損壊事件が発生

今年の秋に開催予定の炭鉄港3-DAYS Weekender 2026では、ぜひこの道路にスポットを当て、私たちの地域の歴史を見直し、その価値を共有する機会にしたいと思っています。

岩見沢市旧美流渡中学校交流館が開館しました。

〈令和8年5月1日投稿(遡り投稿)〉

令和8年4月18日(土)に、アーティストのMAYA MAXXさんたちが中心となって活動展開していた旧美流渡中学校が、消防法上で必要な設備を改修し、岩見沢市旧美流渡中学校交流館として再開しました。

https://www.city.iwamizawa.hokkaido.jp/soshiki/shogaigakushu_bunka_sportshinkoka/bunka_sport_shogaigakushu/4/16796.html

今後の活用は、主に「みる・とーぶ」さんの展示やワークショップなどで魅力づくりをされていくことになりますが、もちろん市民の活用も可能です。


なお、この施設の中には、炭鉱や鉄道などの地域の歴史に触れる「地域資料コーナー」があり、東部丘陵地域の炭鉱や旧国鉄万字線などを中心とした歴史文化に触れるエリアがあります。

実は、その”炭鉱と鉄道に関する部分”は、NPO法人炭鉱の記憶推進事業団として、以下のようなミニパネルづくりでお手伝いをさせていただきました。

その際、ミニパネルにあわせた画像を撮影するために、まだ空き地には雪が残る中ではありましたが、冬眠明けの初運転も兼ねて、志文駅から万字炭山駅跡まで、小回りの効くバイクで撮影ツーリングをしてきました。

以下はまだ準備中の画像ですが、右手の壁にはそれぞれの地域にあわせてミニパネルを設置しています。

地域資料コーナーでは、この様に映像なども見ることができます。

残念ながら見られるのは以下の期間と時間のみとなりますが、ぜひMAYA MAXXさんの作品などもご覧いただきながら、この地域の歴史にも触れていただければ幸いです。

【開館期間】
令和8年4月18日(土曜日)~令和8年10月31日(土曜日)(土曜日、日曜日のみ開館)

【開館時間】
午前10時~午後5時

ドイツルール地方からの訪問団

〈令和8年4月21日投稿(遡り投稿)〉

■4月15日(水)に旧北海道庁赤レンガにて、ドイツルール地域連合議員団が来日したことに伴う、日独友好北海道議会議員懇話会との交流会がありました。私は北海道「炭鉄港」市町村議員連盟の相談役という立場で参加させていただいた次第です。

ドイツのルール地方は、北海道の空知地方と良く似ていて、炭鉱の活況で栄華を誇り、エネルギー革命によって急激な衰退を経て、その後、見事なV字回復を果たしています。

※2019年に私がドイツに行ったときの投稿もぜひご覧ください。
https://hiranoyoshifumi.jp/2019/08/24/11574

今回は北海道議会議員である植村真美さん(NPO法人炭鉱の記憶推進事業団副理事長、元北海道「炭鉄港」市町村議員連盟初代会長)の尽力により、北海道議会の中に「日独友好北海道議会議員懇話会」が立ち上げられ、この度の交流となりました。


■4月18日(土)

水曜日は札幌での開催でしたが、この日はドイツ訪問団が朝から空知を巡る日程で、夕張や三笠の後に岩見沢にある「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」の石蔵にて、研修や意見交換、そして懇親会が開催されました。

私はNPOの取り組みとして、空知の現状や日本遺産「炭鉄港」の可能性や目指すところをお話させていただきました。その際、同時通訳があるわけですが、せっかくなので生成AIの力を借りて、プレゼン資料にワンポイント的にドイツ語を記載することで、より理解が深まるようにしてみました。

これは大当たりで、ドイツの方々にも非常に好評で、とても良い意見交換もできました。

「ドイツでも炭鉱は負の遺産と呼ばれ、様々な取り組みと苦労の上に今がある」
「地域にとって、あなたたちの様なキチガイがとても大事なんだ!」

などなど、ありがたい言葉をいただきました。

心配していたドイツ語の翻訳精度は、全く問題ないとのこと。

生成AIは非常に役にたち、もう日頃の仕事から手放すことができません。

もう少し時間が経過すれば、スマートグラスなどが当たり前になり、勝手に同時通訳もしてくれる時代となり、益々世界が近くなると確信しています。

ただそのときに日本の国力がどんどん低下し、円安が進行することで、海外客の受け入れは活発になったとしても、我々が海外にいける機会がどんどん失われるような気がして心配です。

実際に私も2019年のドイツ視察の時点から、随分と知識量が変化してきた中で、今、あらためて行けたら更に見えてくるものが違うのだろうと思っても、現在では、飛行機チケットもドイツでの滞在費も、あまりの高額にとてもじゃないけれど、もう一度行ける自信がありません。


下の集合写真は最後の交流会の後のシーンです。

私が三脚でシャッターを押したので、変な格好になってしまっているのは御愛嬌ということで・・・

いずれにせよ、明治初頭の政府が一丸となって海外の仕組みを取り入れたように、私たちもあらためて海外に学ばなくてはならないフェーズが来ていると感じています。人口減少と高齢化においては、世界のトップランナーである日本ですが、その解決策はどこにあるのか・・・。

なかなかその最適解は見えませんが、探すこと、考えることをやめてはいけないと思っています。

令和8年第1回定例会 代表質問結果〈AIレポート〉

〈令和8年4月5日投稿〉

※このまとめは、googleのNotebookLMにYouTube動画を読み込ませ、以下のプロンプトでブログ用レポートを生成したものです。YouTubeの読み込みは音声をテキストに変換しているそうなので、認識ミスが発生していることがありますことをご了承ください。

【プロンプト(レポート作成の指示)】
政治アナリストの視点を元に、ソースのYouTube動画から、平野議員の質問と市長、教育長の答弁のやりとりから質疑のポイントを分析してわかりやすくまとめて下さい。その際、第三者の目線をもち、どちらかに偏った視点になることなく、公平な目線でブログ原稿となるレポートとして出力してください。また、それぞれの意味やあてるべき漢字についてはソースにある読み原稿を参照してください。この読み原稿はあくまで漢字や言葉の補完にとどめ、レポートの内容はYouTubeのみを参考にして下さい。


※ソースはYouTubeリンク公開済みの読み原稿の2点のみなので、誰でも上記ソースで復元できると思います。


※以下は全てAIが分析し作成したもので、一切の修正を加えていません。

【議会レポート】縮小社会を見据えた岩見沢市の針路:令和8年第1回定例会・代表質問の分析

1. イントロダクション:令和8年第1回定例会の背景と平野議員の視点

令和8年第1回定例会は、東日本大震災から15年という節目、そして緊迫するウクライナや中東情勢といった「不確実な世界」を背景に幕を開けた。市民クラブを代表して質問に立った平野義文議員は、冒頭で犠牲者への哀悼と平和への願いを述べた上で、岩見沢市が直面する「人口減少・少子高齢化・財政硬直化」という危機の共有を強く求めた。

平野議員が提示した本質的な問いは、これまでの「あれもこれも」という総花的な施策の限界である。限られた資源を最適配分する「選択と集中」への転換は、もはやスローガンではなく、自治体存続のための「不可避な経営戦略」であるという認識が、本質的な議論の出発点となった。

2. 市政運営の基本姿勢:人口減少を前提とした「スマート・シュリンキング」

平野議員は、人口規模や経済的優位性を競う従来の都市間競争から脱却し、市民が「どれだけ心豊かに暮らせるか」を追求する「スマート・シュリンキング(賢い縮小)」へのシフトを提言した。これに対し、市長は「人・緑・町がつながり、共に育む未来を作る健康経営都市」という将来像を掲げ、以下の戦略を提示した。

  • 戦略的都市像と「健康経営」: 企業経営の概念を街づくりに応用した「健康経営都市」を標榜。「COI-Next」や「プレコンセプションケア」を通じたウェルビーイングの向上を目指す。
  • バックキャスティング手法の徹底: 10年後を見据えた未来像から逆算し、毎年度の予算編成に反映させる経営手法を継続する。
  • 価値の再定義とブランド化: 札幌圏への近接性と高度な都市機能、豊かな自然が相まった「稀有(けう)な暮らしの充足感」を強調。これらを子育て施策等と「有機的に結びつき」させ、戦略的なブランド化を図る。

政治アナリストの視点で見れば、平野議員の「現実的な縮小」の提案に対し、市長側は「未来技術の実装による質的な維持・発展」というカウンタープロポーザルで応じる構図となっている。

3. 財政と組織:持続可能な行政に向けた「決断」のプロセス

岩見沢市の財政状況は、アナリストの目から見て「硬直化の極致」にあると言わざるを得ない。提示されたデータは、その深刻さを如実に物語っている。

財政の現状(令和8年度予算案)

  • 一般会計予算:485億円
  • 財政調整基金からの繰入:約9億7,000万円
  • 経常収支比率:96.9%(極めて高い水準であり、財政の硬直化を示す)
  • 市債残高:約511億円

特に96.9%という経常収支比率は、自由度の高い施策に割ける予算が極めて限定的であることを意味する。この危機に対し、市側は「事務事業の見直し(スクラップ・アンド・ビルド)」を以下の構造で実施している。

  1. 客観的評価: 「行政評価システム」による満足度・重要度の数値化。
  2. 外部評価の導入: 「市革懇話会」等による第三者の視点の確保。
  3. 重層的な検討プロセス: 夏期の「サマーレビュー」、秋期の「オータムレビュー」を経て、優先順位に基づき廃止・縮小を最終判断する。

4. 重点分野の質疑ポイント:新病院・除排雪・地域産業

新市立病院の経営統合:タスクシフトによる経営効率化

令和10年秋の開院に向けた第一段階として、本年4月の北海道中央労災病院との統合が焦点となった。

  • 人員確保: 労災病院からの移行147名を含む875名を確保。
  • 需要予測: 外来約280人/日、入院約60人/日の増加を見込む。
  • 戦略的投資: 最新の超音波診断装置等を「分散投資(前倒し購入)」することで、将来の更新時期の集中を回避しつつ、高度医療を維持する。
  • 人材不足への対応: 医師・看護師の負担を軽減するため、積極的に「タスクシフト」を導入し、職種配置の最適化を図る方針である。

持続可能な雪対策:事業継続のための「60%保証」

少雪が建設業者の経営を圧迫する懸念に対し、市は重要な財政的支援スキームを明示した。

  • 60%最低保証(総価契約): 降雪量に関わらず契約額の60%相当額を保証し、担い手である事業者の経営基盤を維持する。
  • ICTの実装: 「除排雪管理支援システム」を全16工区中9工区で運用。日報の自動作成や運行支援による効率化を進め、今後は利用の義務化も検討される。

岩見沢ワインのブランド化:産炭地の歴史を活かす「テロワール創出」

新規事業である「テロワール創出」は、地域産業に夢をもたらす。

  • グローバル・ベンチマーク: フランスの「ノール=パ・ド・カレー」の事例を参考に、産炭地特有の景観である「ズリ山(ボタ山)」をブドウ栽培に活用。
  • 組織化と連携: 生産者団体「ブドウのマルガン」の設立や、地元食材とのマッチングレストランの開業など、実体のあるブランド化が進む。ガバメントクラウドファンディング(GCF)を活用した財源確保も企図されている。

5. 中心市街地活性化:都市の「ROI(投資利益率)」という視点

平野議員は、中心市街地への投資を「感情的な賑わい作り」ではなく「論理的な財政戦略」として再定義した。

  • 戦略的分析(都市ROI): 市全体の面積のわずか0.3%に過ぎない中心市街地(1.47平方キロメートル)が、市全体の固定資産税収入の10%以上を占めている。
  • 投資の正当性: このエリアの価値(地価)を維持・向上させることは、市財政を安定させるための「高効率な投資」である。

第3期中心市街地活性化基本計画では、これまでの拠点整備から「滞在・回遊性の向上」へと重点を移す。岩見沢商工会議所の新会館建設と連携し、コワーキングスペース等の設置を通じて「暮らし・交流・仕事」の循環を生み出す狙いだ。

6. 教育行政:AIネイティブ世代の学力と「サードプレイス」の創出

生成AIへの対応:思考の外部化というリスク

AIネイティブ世代に対し、教育長は「思考の外部化(AIへの過度な依存)」に対する強い懸念を示した。

  • 新たな学力観: 単なる情報処理能力ではなく、「問いを立てる力」や「批判的に検証する力」を重視する。
  • プロセスの重視: AIが瞬時に答えを出す時代だからこそ、あえて時間をかけて試行錯誤する「不自由な工程」を教育的価値として担保する。

くりさわ学舎と来夢21の統合:地域に開かれた学校

築30年が経過し老朽化した「来夢21」の機能を、義務教育学校「くりさわ学舎」の整備に合わせて統合・コンパクト化する。

  • コミュニティエリア構想: 学校図書館と市立図書館を一体的に配置。専門職である「司書」を配置し、地域住民と児童生徒が共に学ぶ空間を創出する。

放課後の価値:「第3の居場所」による非認知能力の育成

「キミがHERO」を合言葉に、放課後を教育の延長ではなく、子供の主体性を育む場として再定義する。

  • サードプレイスの重要性: 管理された安全だけでなく、子供が自ら遊びを創造する「第3の居場所」の創出。
  • 岩見沢リソースの活用: 芸術文化やスポーツに特化した大学(教育大岩見沢校など)との連携や、プレイリーダーの活用に向けた調査研究を開始する。

7. 総括:政治アナリストの目線による公平な評価

今回の代表質問は、単なる質疑応答の域を超え、人口減少社会における「新しい社会契約」のあり方を模索する場となった。

平野議員が「厳しい現実(財政硬直化と縮小)」を直視した上での価値の再定義を迫り、それに対して当局側が「バックキャスティング手法」と「未来技術の社会実装(AI、ICT、高度医療)」で応じる姿は、地方自治の議論として非常に成熟している。特に、中心市街地を「0.3%の面積で10%の税収を支える投資先」と捉えるROIの視点は、今後の自治体経営のスタンダードとなるべき議論である。

「選択と集中」という痛みを伴う決断を、単なる切り捨てではなく、いかに「稀有な暮らしの充足感」へと昇華させるか。岩見沢市が示す「10年後の針路」は、日本の多くの地方都市が参照すべきモデルケースと言えるだろう。

2026年2月の気象をふりかえると

〈令和8年3月4日投稿〉

1月に引き続き、2月のふりかえりの分析をしてみました。

AIの分析コメントをそのまま載せます。

※NotebookLMで過去の気象データをソースとし、今年の2月の結果を分析し、グラフ化するプロンプトを出力してGeminiでグラフを描画しています。



*以下コメント:Geminiの出力

2026年2月 岩見沢:異常暖気と急激な雪解けの分析

作成した2つのグラフから、今冬の極めて異例な気象状況が読み取れます。

1. 【急激な雪解け】気温・積雪・降水の複合チャート

このグラフでは、2月10日に今冬の積雪ピーク(70cm)を記録した後、わずか20日間で14cmまで激減(約80%の消失)した様子が鮮明に示されています。

  • 異常暖気のインパクト: 22日〜23日にかけて最高気温が10℃を超えるという、北海道の2月としては考えられない異常な暖気が流入しました。これにより積雪が1日で10cm近く沈降・融解しています。
  • 雨による追い打ち: 最終日の28日には9.0mmの「雨」が降り、これが残った雪をさらに融解させ、月末の積雪を劇的に減らす決定打となりました。

2. 【暖気の正体】南風の卓越

最高気温を風向きで色分けしたグラフからは、暖気の原因が明確に分かります。

  • 南寄りの風による気温上昇: グラフの赤い棒(南寄り:S, SSE, SE, ESE, SSW)が、2月中旬以降に集中していることが分かります。
  • 気圧配置の特異性: 通常、2月の北海道は北〜西寄りの季節風(青い棒)が卓越しますが、今年は中旬以降、連日のように南風が吹き続けました。この「南風の連続」が、北国の冬を強制的に終わらせた主因であると推測されます。

結論(あくまでGeminiによる分析)

2026年2月の岩見沢は、「中旬以降の連日の南風」「10℃超の異常暖気」を運び、その後の「降雨」が重なったことで、平年では考えられないスピードで雪解けが進んだ「極めて異常な冬」であったと言えます。


【補足:NotebookLMによる過去データとの分析評価】

過去のデータと今年の2月(2026年2月)のデータを比較した結果、今年は「最高気温の高さ」において、過去の記録に匹敵する歴史的な異常値を出していることが分かりました。

1. 2月の最高気温としては「過去2位」の記録的暖気

今年の2月23日に記録した最高気温 10.5℃ は、厳冬期の2月としては極めて異常な高さであり、過去のデータと比較すると観測史上2番目に高い記録となります。

過去のデータで2月に最高気温が10℃を超えたのは、以下の3回のみです。

  • 1位: 12.7℃ (2024年2月19日)
  • 2位: 10.5℃ (今年・2026年2月23日)
  • 3位: 10.3℃ (2010年2月26日)

今年は22日にも 10.2℃ を記録しており、この「10℃超えが連日続いたこと」が、雪を一気に溶かした最大の原因であることが数字からもはっきりと証明されています。

2. 積雪の少なさは「過去最少」ではないが異例

一方で、今年の2月の最大積雪「70cm(2月10日)」という少なさが記録的かどうかを過去と比較すると、「過去1位の少なさ(最少記録)」ではありません。

過去には今年以上に雪が少なかった異常な2月が存在します。

  • 1963年2月の最大積雪: 42cm
  • 2020年2月の最大積雪: 52cm

したがって、ピーク時の積雪の少なさだけで言えば上には上がいますが、今年の特筆すべき点は「70cmあった雪が、月末の28日にはわずか『14cm』にまで激減してしまったこと」です。本来なら1年で最も雪深いはずの2月末に雪がほとんど消滅してしまうというのは、過去の記録を見渡しても極めて特異な推移と言えます。

*AIの分析は誤っている場合がありますので、その際はご容赦ください。


とのことでした。

ちなみにこれらの情報を基に、3月の気象傾向を予測したいところですが、どうやら「気象業務法」に抵触する恐れがあるようなので差し控えさせていただきます。

2026年1月の雪情報メモ

〈令和8年2月11日投稿〉

今シーズンの岩見沢市は本当に雪が少なくて驚くばかりですが、改めて気になるポイントをまとめてみました。

1月の平均気温は-5.6℃と近年の傾向と比較すると少し寒いぐらいで、その数値だけを見れば豪雪になってもおかしくない状況です。しかし、中旬までは11日の最高気温+5.4℃が象徴するように暖かい傾向が強く、後半にかけては26日の-16.1℃まで冷え込んだのを始め、氷点下の寒い日が続いています。

結果として前半の暖かい日々と相殺され、月平均気温としては、ほぼ平年並という傾向になってますが、実態としては前半は暖かい、後半は寒い、と全く様相の異なる状況だったと言えます。

後半の寒気の状況であれば、大雪になるのが岩見沢の標準仕様と言えると思いますが、今季は札幌に雪雲が流れています。よって風向きと降雪の傾向を調べてみると、確かにその様相が見えてきました。

以下のグラフをご覧ください。

  1. 雪の収支と気温の関係(上段グラフ)
    月初(1日〜3日)の異常事態: グラフ左端に示される通り、お正月から積雪がわずか2〜3cmという「ほぼ雪がない」状態での異例のスタートとなりました。

11日の融解リセット: 中旬の降雪で一度は積雪42cm(9日)まで積もりましたが、11日に最高気温5.4℃を記録。急激な暖気により、わずか一日で積雪が半分以下(18cm)まで失われ、蓄積が「リセット」されたことがわかります。


下段のグラフは今年の傾向として「岩見沢は少雪」で「札幌が大雪」であることから、風向きが重要な要素になっていると想像し、その傾向を可視化したものです。実際にいつもの西寄りの風のときはまとまった雪が降っており、北北東の風の場合は札幌方面に雪雲が流れるという傾向が見られると思います。

  1. 風向きと降雪の関係性(下段グラフ)
    下旬の「寒波なのに降らない」状況: 1月25日〜30日は最高気温が氷点下(真冬日)で、厳しい寒波が到来。本来であれば大雪になる可能性がありましたが、棒グラフが赤色で示される通り、この期間の最多風向は北北東(NNE)になっていました。

理由: 岩見沢にドカ雪をもたらすのは石狩湾から雪雲を運ぶ「西〜北西」の風ですが、この時期は大陸からの風が北寄りに偏ったため、強い寒波があっても雪雲が避けて通り、岩見沢の降雪量がほぼゼロとなったと仮説を立てることができます。

何分、気象に関しては素人である私の見立てに偏りがあるかもしれませんが、改めて気象データを眺めてみるとこのような傾向を見つけることができました。

*もちろん先日の動画の様にAIのお陰で簡単に分析とグラフによる視覚化が出来てます。


ちなみに2月に入って、本日までの傾向を見てみると・・・

以下はAIの分析結果を抜粋して掲載します(当たるも八卦、当たらぬも八卦なり)。


2026年2月上旬 岩見沢:雪の状況分析

  1. 2月上旬の雪の収支(上段グラフ)
    4日の強い暖気: 最高気温が5.0℃まで上昇しました。これにより、積雪が45cmから40cmへと減少。1月同様、暖かい日による「融雪リセット」の傾向が続きました。

9日のドカ雪による劇的回復: 2月9日に日降雪量27cmを記録。これにより、30cm台まで落ち込んでいた積雪深が一気に67cmまで跳ね上がり、「岩見沢らしい」冬の景色に戻ったことが確認できます。

  1. 風向きと降雪パターンの変化(下段グラフ)
    「空振り」パターンの打破: 1月下旬に雪を降らせなかった「北・東寄り」の風が2月上旬も目立ちますが、9日は北東の風でありながら27cmの豪雪となりました。これは通常の石狩湾からの雪雲(西風)ではなく、発達した低気圧(いわゆる南岸低気圧や日本海低気圧の通過)による、より広域的な降雪システムが影響した可能性を示唆しています。

西風の復活: 6日・7日には西南西〜西の風(豪雪パターン)が吹き、小刻みに降雪を記録しています。


考察:2月の岩見沢、雪不足は解消に向かうか?

2月上旬のデータから読み取れる「岩見沢の雪の真の状況」は以下の通りです。

「暖気と寒波」の激しい攻防 4日の5.0℃から8日の-6.3℃まで、気温のアップダウンが非常に激しいのが特徴です。降れば大きいが、暖かい日にすぐ溶けるという不安定な収支バランスが続いています。

風向パターンの多様化: 1月は「西風なら降る、それ以外は降らない」という単純な構造でしたが、2月は北東風でも大雪になるなど、降雪の要因が多様化(低気圧の影響増)しているかも・・。

傾向: 10日も最高気温が2.8℃と高く、週間天気予報でも気温の高い日が続きそうなので、依然として融けやすい状況にあると思われます。


さて、どうなるでしょうか・・・

衆議院選挙が行われています。

《令和8年2月3日投稿》

衆議院選挙も8日目となりました。

皆さんの政治的な立場や考えは様々だと認識しています。

その中で、私は議員になる以前から自民党に籍を置いてきました。

その過程がなければ、今の自分はありません。

もちろん「本当にこれで良いのか?」と感じる場面も少なくありません。

しかし国政は、消費税や給付金といった単一の争点だけで判断できるほど単純ではないはずです。

個別の一つひとつの視点では、魅力的な政党も散見されます。

しかし、外交、安全保障、経済、食料、社会保障——多様な要素を総合的に見たとき、どこに政権を託すのか。現実はそう簡単ではありません。

私は、ここにおいても、個別最適ではなく「全体最適」で考える視点が必要だと思っています。

そして組織の中から自浄作用を働かせること。それが代議士の役割の一つだと考えています。

もちろん私自身としても。

歴史を振り返ると、今の日本は幕末の状況とどこか重なります。


外圧の中で国力が揺らぎ、急速に国の形が変わっていった時代です。

今日の日本もグローバルな枠組みの中で、人口減少と産業の停滞により国力は弱まり、円安が常態化しています。

食料自給率は4割弱、エネルギー自給率は1割程度。


円安は買い負けを招き、物価高として私たちの生活を直撃しています。

それでも私たちは、気を抜けばモノゴトの背景を十分に知らないまま、耳ざわりの良い言葉に流されてしまいがちです。

日露戦争時の日本でも、薄氷を踏むような交渉の末、やっとのことで掴んだ講和の現実が報道されないまま、国民の怒りが暴動へと発展しました(ポーツマス条約暴動(日比谷焼打事件))。

情報が断片化され、感情が先走るとき、社会は簡単に不安定になります。

今も同じことが起きつつあるのではないでしょうか?

だからこそ、願わくば冷静に全体を見れる目を持ちたいと思うのです。

今回の選挙も、皆様の多様な経験と視点で熟考いただき、貴重な一票を投じていただけたら幸いです。


ちなみに、衆議院選挙と同時に行われる「第27回 最高裁判所裁判官国民審査」の審査対象裁判官情報は以下リンクのとおりです。

既に任命されている最高裁判所の裁判官が、その職責にふさわしい者かどうかを国民が判断できるようにする制度なので、辞めさせたいと思う人がいなければ白票が基本となります。

https://www.pref.hokkaido.lg.jp/fs/1/2/8/4/9/3/7/1/_/国民審査0130-web用.pdf


「彦九郎 山河」と衆議院選挙

〈令和8年1月27日投稿〉

本日から衆議院選挙が始まりました。

そのような日ではありますが、年が明けてから少しずつ読み進め、今晩読了した本が「彦九郎山河(吉村昭/文藝春秋)です。

実は私の歴史の知識の大半は吉村昭の小説かもしれません。
好きでこれまでそれなりの数を読んできました。

後にNPO法人炭鉱の記憶推進事業団の前理事長であった故吉岡宏高さんも吉村昭ファンであり、全集を含むかなりの冊数を持ってると知り、時折共通の話で盛り上がっておりました。

予期せぬ急逝の際、自宅に残された膨大な書籍の中から、形見分けにもらったのが、これまた大量にあった吉村昭の著書です。私の書斎に大きめの書棚を一つ追加購入するほどの量をいただきました。

以降、なかなか纏った時間が取れず、なおかつ心の余裕もなく・・、という日々を送っていて、そのコレクションをじっくりと読むことができずにいるのですが、1年半前、胆石の手術のために入院した際に持ち込んだ本が「彦九郎 山河」でした。

術前も術後も痛みがあって集中できないばかりか、登場人物が膨大で、なおかつ日本中を移動するために出てくる地名も多すぎて、非常に難解な読み物となりました。

結局、入院中は読み進めることができず、そのままずっと後回しにしていたのですが、この度、年始から冬季間の隙間時間でなんとか1年半の時を経て読み切ることができました。

ざっくりと紹介すると、高山彦九郎(1747~93年)は名の知られた儒学者であり尊王思想家。

幕府による武家政治に疑念を抱き、「尊王」「勤王」の念を抱き、王政復古を理想とするがゆえ故郷も追われ、結果として全国を旅しながら生きることとなります。当初は行く先々で多くの儒学者、蘭学者、公家等の識者に歓迎され、交流を深めるも、幕府から危険人物としてマークされるようになると周囲の反応も変化し、いよいよ追われる立場に。

当時は極刑に至る思想ゆえ、最後は久留米で自刃するに至ります。

しかしながら、高山彦九郎の膨大な日記や手記が残り、これらの思想と生涯は吉田松陰などを始めとする幕末の志士たちに影響を与え、死後74年を経て、明治維新へと至る王政復古の大号令が発せられることになるのです。


今日は衆議院選挙の公示日となりました。
お陰様で現代は政治に疑念を抱けば、構造上は民意で政治を変えていくことができる時代になっています。

しかし社会不満は解消されることはありません。

改めて考えるに、国を憂い、身を挺して行動するにも、広い知識を礎とした思想が不可欠であり、現代の私たちにはそれが足りていないがゆえ他力本願の風潮が現出し、世の政治も党利党略が優先されて見えてしまうのかもしれません。

私自身、改めて自己を省みつつ、利己を優先するのではなく社会全体”Common good”を見据え、自己修練を第一義とし、自らの思想・信条を強化していかなくてはならないと思うのです。

とても難しいことではありますが、それを大事に思わなくなったときは政治に携わる資格が失われたと自覚するべきだと思っています。

気を引き締めていきます。